⑧ バジャウトリップ 西表島一周レポート

2016年6月10日~6月15日

 

○西表島一周をツアー開催するまで

 バジャウトリップを開業した時、ツアーはあくまで「絶対安全圏で行うべきだ」という当たり前の考えを抱きスタートした。あくまでツアーなのだから、リスクは最小限に抑えてエスケープルートがあり、ガイド自身だけでも何とかできるようなコースを前提としてツアーを行うものだと考えていた。もちろん西表島の業者のほとんどがこのような考え方でツアーを行っていると思う。
 そして冒険的要素が強いものは各自の遠征として行ってもらい、あくまで自分はそのサポートができればいいと考えていた。

 しかし3年もやっていると次第に「カヤックとは何ぞ?」という考え方が大きくなってきた。それは参加するお客様にも悟られるほど、重要なことになってきた。

 「カヤックならではのツアーをしなくては、自分がやる意味がないのではないか?」

 大それた考え方のようにも捉えられるかもしれないが、最近流行りのSUPやリクリエーションカヤック、パックラフトなど手段は問わず、なんででも行ける所、行き方をしてもつまらないしアマチュア上がりの自然愛好家がすぐにガイドになれるようなシチュエーションで、本格的なクローズドデッキのシーカヤックを使ったツアーをやっていてもはじまらないと思ったのだ。
 バジャウトリップらしいツアーとは何かを考えた時、やはりシーカヤックを使った海旅を行う、教える、伝えることだと思った。
 バジャウトリップを名乗りながら、海を漂わなくて何ぞ!と。
 そしてそれを行うのに一番良い、わかり易いのがこの、「西表島一周」だと思ったのだ。
 もちろん無人地帯も海岸線をすべて歩いたことでだいたいのビバーク地、エスケープ方法も考えられるようになっていた。この何年かで経験したフィールドの情報量は確実に蓄えられている。安全面でも電話連絡さえできれば救助艇を呼べるコネクションも構築できた。機は熟したかな?といった感じか。

 正直、西表島一周を行うに至った動機に関しては以前にブログにて書いているのでそれを参照してもらった方が早いと思う。

◆西表島一周
アメーバブログ「drift wood beach」
http://ameblo.jp/driftwoodbeech/entry-12140671654.html

 この募集によってか?今回4名の参加者が集まってくれ、無事に一周を完漕することができたのだった。今回はそのツアーの報告となります。
 また、すでに参加者の方が自らのブログにて書いていますので、僕のと照らし合わせて読んでもらうと、お客様の心情とガイドの心情が比較できて面白いかもしれませんね。
 

◆SPARKY
http://blog.livedoor.jp/sparky_k/archives/4310703.html
 

○西表島一周データー

■6月10日 満潮10:38(161)        干潮17:24(42)
天気 晴れ 最多風向き 南南西 平均風速 2.7 最大8.6(21:59)

■6月11日 満潮0:23(153)11:28(152) 干潮5:42(100)18:09(55)
 天気 曇りのち雨 最多風向き 南 平均風速 6.8 最大10.3(9:04)

■6月12日 満潮1:08(150)12:28(145) 干潮6:40(98)18:57(65)
 天気 曇り 最多風向き 南西 平均風速 7.2 最大9.7(15:21)

■6月13日 満潮1:52(151)13:40(141) 干潮7:44(91)19:49(72)
 天気 曇り 最多風向き 南西 平均風速 5.2 最大8.9(5:57)

■6月14日 満潮2:35(155)14:56(142) 干潮8:47(80)20:45(77)
 天気 晴れ 最多風向き 南南西 平均風速 3.0 最大7.0(6:35)

■6月15日 満潮3:19(162)16:05(147) 干潮9:45(66)21:41(79)
 天気 晴れ 最多風向き 南南西 平均風速 5.6 最大8.0(17:46)
気象庁ホームページより(干満の数値は西表漁港基準)
ヌバン浜の夕焼け

 

○6月10日

 梅雨に行うのだから雨はそれなりに降るだろうと覚悟していたしツアー参加者にも伝えていたのだが、出発時のパッキングでいきなりスコールに降られるとは思ってもみなかった。

 西表島一周初日。当初東部にある港、大原港から時計回りに出発してそのまま港にゴールする予定であったが、どうもこのツアー日程は天候が安定しない予報だった。とくに11日から12日にかけて天候が荒れる模様で、「一周すること」を第一に考えるのであれば初日に南海岸は漕ぎきってしまうべきだと考えた。そうなると悠長に大原から出発していては本日中に最西端のパイミ崎を周れるとは思えない。そこで急きょ出発地を大原港から県道のどん詰まり、南風見田浜に変更することにしたのだ。スコールが降ったのは浜に到着し、忘れものに気づいて皆をおいて荷物を取りに戻るときだった。

「あーあ、今頃みんなびしょ濡れだな・・・」

 呑気にも車の中にいた僕は皆の濡れ鼠になって茫然自失になっている姿を想像していた。
 しかし長雨にならないのが西表のいいところだ。実質30分ほど降ると雨はすっかりやんだ。荷物を回収し終えて浜に戻ると、参加者は特に臆することなくパッキングをほぼ終了し何変わらない顔で旅への質問などをしてきた。さすが一周に参加してくるような方々だ。


 今回の参加者は男性が2名、女性2名の4名。男性は2人とも自艇参加者で女性もシングル艇希望ということでタンデム艇無しの船団になった。
 女性のうち一人は海外からのお客様でAさん。イタリアからおこしで本業は通訳業なので世界中どこでも仕事はできるようだ。カヤックも以前スクールに入っていたというし、それもパタゴニアで習得したというから技術的には何も問題ないと思った。なにより日本語が堪能だったのがありがたい。メールでのやり取りもすべて日本語で、しっかり語尾に(笑)というものまで使っていたので「あ、この人は問題なし」と安堵したものだ(笑)
 もう一人の女性はLさん。この人はもともと西表島在住の元同業者であるので問題なし。滅多にできない西表島一周をするということで参加を表明してくれた。さらなる課題として今回はラダー無しの舟に乗ってもらうことに。
 男性2名のうち、一人はリピーターであるKさん。以前来ていただいた時はGoproや一眼レフカメラ、防水コンデジなど様々なカメラを用いてツアーの模様を記録してもらい、たいへんありがたい存在。その時はシットオンタイプのフェザークラフト艇を用いていたが今回は同社のクローズドデッキタイプのウィスパー。
 もう一人の男性は初対面ではあったが、メールでは何度かやり取りしていた。この人もフェザーオーナーでヘロンという大型カヤックを用いていた。だが、通常ならハッチ内に空室ができるほど余裕があるカヤックなのに、いろいろなグッズが目白押しに入っており、とても1人では運べない代物になっていた。この人も厳密にはKさんなのですが二人いてもややこしいので今回はK2さんということでお願いします。
 メンバーはこの4名+ガイドの私。僕も今回はいつも使っているリジット艇ではなく、フェザークラフトのk-1を使用した。理由は荷物が入るからである。



 10時30分、南風見田浜を出発。風はほとんどない状態。波も穏やかでサーフはそれほど波立っていなかった。
 となりのボーラ浜にあるボーラグチという珊瑚の割れ目からリーフ内から外洋に出るといよいよ本番である。西表島南海岸の手つかずの自然美を眺めながら西を目指していく。
 皆のパドリングは実に軽快だ。Lさんがラダー無しの舟を初めて乗るということで少々困惑した感じだったが、体力と根性はあるので特に気に留めるほどでもない。海況もいいので昼飯の時間がだいぶ遅くなるが、無茶をしてでもいっきに鹿川湾を横断してパイミ崎を目指すつもりでいた。

 ところがだ。大浜が見えてきたあたりでパイミ崎の方に厚い雲がかぶさってきたのだ。あれに突っ込むのはちょっとあの海岸線ではきつい。何しろ上陸地点がないのだ。上陸できたとしてもそう簡単に再出発できるような場所ではないしビバークも難しい。
 いったん鹿川湾手前の大浜に上陸して様子を見ることに。案の定というか、雲はさらに厚さを増し、暗黒のいかにも悪そうな様相になってきた。良く見ると竜巻までできているじゃないか!?

「こりゃだめだ。飯でも食って考えましょう」

 時刻もすでに12時半を回っていた。昼食用にそばを引っ張り出し、皆にいつもの「もずくゆし豆腐そば」を作る。皆はウマい旨いと言って喜んで食べていたが、僕は目の前の風景が気になってしまいなかなか喉を通らない。なるほど、俺も緊張しているんだなと不覚にもこの時実感した。
 そばを食べて一息入れ、さぁ、出発するか!?・・・と、途中まで漕ぎだしたものの、再び暗黒雲が近付いてくるのが見えた。

「やっぱだめだ!ヤメヤメ、引き返すぞ!」

 再び浜に戻ると突風がおそいかかり、その後猛烈な雨が降ってきた。危機一髪。こんな風と雨を鹿川湾の横断中に喰らうのはご免である。
 結局再出発したのが14時過ぎ。今度はなんとかヤバい雲からは逃れることができ、15時前には落水崎を周りこむところまで行くことができた。ここから先は西表島一周において一番の核心的ポイントである。初日にしていきなりこんなディープなところを漕がされる羽目になった4人には深く同情するが、これも一周するためには仕方ない事だ。鹿川を素通りしてしまうのも一周なのに実にもったいない事だった・・・。
 それにしても素晴らしい景色だ。無人地帯の絶壁に雲がかかり、とても幽玄な雰囲気を醸し出している。外洋のエナジーを感じる海域。うねりこそあまりないものの、前方から時たまやってきてはホワイトアウトをおこすスコールも何とか耐えつつ、ゲータ岩、ウビラ石と難所を越えていく。100%のレジャーではなく、時々現れる厳しさの中で見る自然美こそ、カヤッキングの醍醐味の一つともいえる。
 ウビラ石を越えるとそれまで横から吹いていた風が後ろから吹くようになってくる。強くはないがそれだけでもありがたい。
 16時40分、無事にパイミ崎を越えた。潮もそれほど走っておらずとても緩やかな岬越えだった。潮が引き気味だったのでリーフの中に入ってビーチまで行くのに苦労したが、なんとか深いところを探してビバーク地まで移動し、皆でカヤックを潮上帯まで引っ張り上げた。17時、パイミ崎、ヌバン浜到着。これで明日からの航海も問題なく行うことができそうである。
ベープ岩を越える

「もう今日で3分の1は漕いだようなものだから」

 正直、ウソだけどそのくらいの意味合いのある一日だった。乾杯のビールはさすがに沁みた。ちなみに今回のビールは下戸であるLさんのカヤックに託されていた(笑)またKさんはスターンデッキに何か四角いものを載せていると思っていたら真空層クーラーで氷を持ち歩いているのだった。今回のツアーはけっこうリッチな気分に浸れそうだ。
 いつもなら海におかずを拝借に行くのだが、この日はさすがにオフ。皆と一緒に最高の夕日を眺め、夕飯を作った。献立は「じゅーしー(沖縄炊き込みごはん)、イノシシ肉の炙り焼き、カーナとハンダマのサラダ、イノシシ汁」。肉メイン。疲れた体には脂がたまらない。

 初日に頑張ってもらったので翌日は少し距離を縮め、あまり漕がないことを約束して就寝。今思えばまだまだこの時の海況はマシだったなぁ。

○6月11日

 2日目は初日にいきなり頑張りすぎたので(といってもわずか20数キロだが)、距離は延ばさない。目標を船浮湾に定めた。
 出発もゆっくり目に10時とした。天候は思ったより悪くない。しかし風は強くなっておりパイミ崎沖合は激しく波立っている。昨日中にここまで来たのは正解だった。このわずか数キロを進むか留まるか・・・が、シーカヤックの難しさであり、ナビゲーションの醍醐味でもある。

 崎山湾の中に入り、ウポ川に少し入りマングローブ林を楽しんだ後、網取に向かおうという段階で後ろから何やらざわついた音が近ずいていることに気づいた。後ろに振り替えると、山の向こうから水のカーテンがこちらに迫ってくるところだった。

「すごいのが迫ってますよ!!バラけずに固まって!」

 そう大声で叫ぶころにはパラパラと雨粒が落ちてきており、あっという間にホワイトアウト。バケツをひっくり返したとはまさにこのことだ。周りにいるメンバー以外何も見えない。進むことも考えたが体を冷やすとまずいので緊急避難。うまい具合にオーバーハングしている崖があったのでそこで雨が止むのを待つことにしたのだが、全員が上陸しカヤックから降りる頃にはうっすらと周りの景色が見えるまでになった。シャツを絞り、すぐにスタートする。

 雨が上がると今度は風が強まった。南風に煽られるように網取崎のリーフ内を漕ぎ切り、網取に上陸。ここで家内に現状報告をし、天気予報をチェックする。当初の予報通り、これからどんどん風は上がってくるようだ。
 とっとと網取湾を横断し、サバ崎を越えてイダの浜のとなりの浜に上陸。本日はここまで。短い距離だったが実に色々あったカヤッキングだった。

 昼食のソーキそばを作り、それを食べるとKさんはお昼寝。その他の3人はカヤックを漕いでイダの浜まで行きシュノーケリングと決め込んだので僕はおかず取りに。ミーバイを2匹仕留めて帰還する。途中浜の目の前でティラジャー(西表島東部での名前。標準和名はマガキガイ、西部ではユリミナ、アカミナ)をおつまみ程度拝借する。
 そういうわけで夕飯は海の幸を肴にし、持ってきた肉が腐ってしまうのでカレー、そして魚の出汁が詰まったミネストローネ。組み合わせが無茶苦茶とかキャンプで言ってはいけない。おっと忘れていけないのは食前酒にパッションフルーツに島酒を入れたもの。こいつをクイッといくと食欲もテンションも上がるというものだ。この時期ならではの楽しみ。

 風裏だったので比較的穏やかな場所だったが、時折突風が吹き下ろしてきてタープテントをゆすった。


◆漕行距離 11.6km(合計33.0km)

○6月12日

 一周3日目。この日はこのツアー日程の中で一番風が強いと思われる日だった。実際朝起きてからも風は強くなる予感がひしひしと感じられどうあがいてもウナリ崎を越えるには至らないと悟り、その手前で風が落ちるのを待つしかないと思った。

 その時間の埋め合わせではないが、そろそろ皆さん淡水(雨ではない)を浴びたい頃だと思い、仲良川の支流、アダナデ川(通称ニバン川)に寄り道することにした。

 午前中はこのアダナデ川に行き、カヤックで行ける所までいったら今度は歩いて、泳いで、沢をのぼりながらアダナデの滝まで行き、雨で濁ってはいたがひとしきり遊んだ後は乾いたナメ床の上で簡単な昼食をとる。

 

 さっぱりしたところで川を下り、半周が終わったということで白浜の港に上陸して屋良商店にてビールと嗜好品を買い出しする。水は白浜にある同業者の方から補給させていただいた。ここでKさんが僕らに内緒でアイスクリームを食べていたらしく(まぁ、別にいいのだけど)、その後ある不幸に見舞われる。

 白浜港を出発する頃になるとかなり風が上がってきていた。普通ならツアーを行うのもはばかれる風速だったがこれは一周である。EXPEDITIONである(笑)カヤックの漕行を妨げるほどではないので出発した。
 港を回り込み、そろそろ航路を抜けるという頃に、後ろから「ウ、ウワァー!!」という、まるでコテコテのホラー映画さながらの断絶間が聞こえてきた。振り返るとKさんが沈(キャプサイズ、つまりカヤックがひっくり返ること)して沈脱(つまりカヤックから抜け降りること)しているじゃないか!追い風だったので危険な場所からは離れていくので問題なかったが、えらいこっちゃ。他の3名に風裏になる場所を説明してそこで待ってもらうことにしてKさんのところに向かう。Kさんはセルフレスキューができる人なので自力で再乗艇を試みているので僕は周囲に浮かんでいるペットボトルやスポンジを回収し、それが終わると再乗艇が完了したKさんに横付けして排水を手伝った。前のショップで働いていた時は頻繁にレスキューを実地で行っていたが、バジャウトリップになってからは初めての出来事だった。それをKさんに言うと「それはそれは光栄ですな!」と、軽く動揺していた(笑)

「みんなに内緒でアイスを食べてしまったのがイケなかったんですかね」

 そういうことにしておきましょう。

 皆と合流すると赤崎を回り込み、美田良浜に上陸して排水をやりなおした。見事な風裏でこんなにも場所によって風は違うのかと思った。このままここで本日はビバークするか?と思ったが今日はもう少し進んでおきたい。それに美田良浜は陸からもビバークしていることが確認できる場所なのであまり好ましくない。バジャウトリップのポリシーとして、キャンプサイトは道路から見える場所では行わないというルールがあるので本当の最悪な状況でなければ改善策を探るしかない。難所があるとすれば祖内崎の西側、リーフが狭まり波が打ち込んでくるエリアをどう通過するかだが、あまりの風の強さに外洋には出たくない。潮もあるのでリーフ内を岸ギリギリで漕いで行けばなんとかなるだろうと覚悟し、進むことにした。

 案の定、リーフが狭まって波打ち際まで波が打ち寄せている。しかし崩れる波ではないし、皆初心者ではないので信用していくしかない。先ほどのKさんの沈があり、ガイドとして多少ビビっていた部分があったがこういう時にガイドの度胸が試されるのかもしれない。無事に全員この区間を通過し、あとは追い風に乗って広くなるリーフの中を漕ぎ上がっていくのみだった。

 
 



 干立集落の前を通り、タカラ浜を過ぎるが風は一向に弱くならない。岬を回り込むとちょうど風裏になる場所があり、時折吹き下ろしがあるものの、ココがまわりの浜では一番好条件のように思えた。16時前に上陸。やれやれと皆で乾杯。
 近くの崖からは沢が流れ落ちており、天然のシャワーになっているし入り江状になっている浜の奥には長命草がいっぱい生えており、お気に入りの場所である。

 この日もガラサーミーバイ(イシガキダイ)、コーフ(セダカサギ)がそこそこ獲れたのでお魚三昧。刺身はもちろん、アボガドと刺身を和えたポキ、マコモダケの炙り焼き、魚の兜焼き、コーフ飯、魚のあら汁と食事だけはやはり豪勢に楽しんだ。

 風は依然として強く、時々吹き抜ける吹き下ろしでテントが横倒しになってしまう人もいるようだった。とにかく越えなくてはいけないウナリ崎は目の前にあるものの、風が落ちないことには先に進むことができない。予報としては明日の午後には風が若干落ちるように思えた。午前中は潮があまり高いとは言えないが浦内川にでも入りマングローブの中で遊んで午後に岬越えのアタックを考えることにした。

 
◆漕行距離 19.7km (合計52.7km)

○6月13日


 この日は午前中はとにかくのんびりするしかなかった。昨夜の残りもので朝食とし、コーヒー飲みながらまったりと過ごし、ゆっくりと撤収を開始した。出発したのは10時15分。

 風は相変わらず南から吹き荒れている。風が強くなって今日で3日目ともなると風波もたいしたものでうねりが大きく浦内川河口のトゥドゥマリ浜に打ち寄せている。サーファーにはありがたい事だが、僕らにはとんだものである。向かい風の中浦内川を遡上し、橋を越えて支流の宇多良川をさかのぼっていく。この川はこの奥にある宇多良炭鉱という戦時中にたいへん栄えた石炭採掘場から石炭を運びおろすための川だったのだが、今はマングローブが生い茂り見事なマングローブアーチをくぐることができるポイントである。カヤックで行ける所まで行き、ひとしきりマングローブを堪能すると引き返し、途中にある宇多良炭鉱跡地を見学する。今はどうか知らないが僕が西表島に来た頃は通称「ラピュタ」と呼ばれ、ヤブ漕ぎをしながら狭い道を歩いて行くと目の前にガジュマルに覆われたレンガ造りの人工物があり、その様子がまるで宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」を思わせることからそう呼ばれていた。今は立派に遊歩道ができ、木道もできて直接触ったり近づいたりすることができない。自然ばかりクローズアップされる西表島だが、このような島の歴史、産業の推移も紹介できることは意義あることだ。

 

 浦内川をあとにし、アトク島の見えるオーバーハングした崖の下で昼食。そろそろ鮮度が心配になってきた野菜類を用いたパスタ。本場イタリアのAさんの口に合うかドキドキしたが、問題なく食べてくれて良かった。ちなみに彼女は国境に近い山岳地方の出身なので一般的なイタリアのイメージとは異なる環境に住んでいる。パスタもスパゲッティーではなく、ラビオリがおふくろの味なのだとか。

 依然として眺めるウナリ崎の沖には白波が立っている。局所的とはいえまだ越えるには早い。トゥドゥマリ(月が浜)のダイビング船が係留されているあたりに上陸してウナリ崎の東側を偵察がてらスーパーに買い出しに行くことにした。どうしても停滞しがちな状況で気持ちをリラックスし高揚させるには、買い物というのは実に良いものだ。また偵察も「それじゃ冒険的要素が薄れてしまうんじゃないか?答えを先に見てしまうようなもの」と思う人もいるかもしれないが、そんな人はとっとと無謀なことをして死んでしまった方がいい(それもまた自由)。総合的に考えて面倒くさい思いをしてでも歩いてあらかじめ先の情報を掴むということも十分カヤッキングの技術、死なない方法論の一つだと思う。

 30分ほど歩いてスーパー八重まで行き、ビールや氷などを買い足す。またその足で中野海岸まで行ってみる。

 「な、なんだこの光景は!!」

 思わず皆で絶句。僕らの目の前にあった景色はベタ凪の見事な平和な海だったのだ。

 岬さえ周り込めば何とかなる!そう確証を得た僕らはいっきにテンションが揚がった。途中にある無人販売所でパインアップルを大人買いし、女子二人は一気食い。僕もスキップでカヤックの元まで戻ったのだった。

 月が浜は相変わらず波が打ち寄せていたが、明らかに沖合の白波に勢いはない。

 「行くぞ!」

 15時30分、再出発。

 ウナリ崎沖合を大きく回り込み、となりのカヤックが見えなくなるようなうねりの中漕ぎ進む。うねりは水の上下運動である。見た目はすごくとも風によって波頭が崩れなければ問題ない。小さいカヤックはとてもみすぼらしく見えるがしっかり進んでくれる。注意するとしたら他の船舶に自分たちの存在を知らせること。もしくは避けていく。この時もダイビング船が正面から来たので焦ったが、なんとかなった。

 星砂海岸の沖合を通り、ニシ崎を過ぎるが、その先のリーフがしばらく鳩間島方面に伸びておりサーフがうざったく巻いている。大きく迂回しながらウナリ崎東側に周り込むと、静かな凪の海をすべるように漕ぎ進むことになった。パイミ崎の次に難所といわれるウナリ崎を無事に通過。頭の中には平和なファンファーレが流れていた。

 17時ちょうどに上原のマルマビーチ到着。もうこのまま目の前にある「まるま荘」に泊りたい気分になってくるがもうちょっと、もうちょっと頑張る。川満スーパーで先ほど買い漏らしたものを買い足し、再び出発。となりの船浦港裏に上陸。今日はここまでとする。

 今夜はせっかくなので船浦の「ぽけっとハウス」まで歩いて行って夕食。せっかくビール買ったのにここに来たのならばと生ビールをいただく。ジョッキが凍ってるよ!鶏の唐揚げ美味し!ミジュンの唐揚げ美味し!!西表島でカヤックツアーというとアウトドア一色でキャンプ、自炊が当たり前みたいになっているけどやはり海旅なのだからこういうのが楽しいと思うね。

◆漕行距離 18.8km (合計 71.5km)
 

○6月14日

 風裏のキャンプサイトとはいえ、妙に穏やかな夜だった。朝起きるとうっすらと青空が垣間見えていた。今日は風が止むと同時に天候が崩れる予報だった。ツアーも5日目となり、雨の中のキャンプよりはせっかくだから宿に泊まろうと考えた僕は目標を古見に定め、ココにある一度泊まってみたかった「民宿マナ」に予約の電話を入れた。

「赤塚君、悪いんだけど今夜僕らいないんだよ。泊るのは自由だから、適当にやってて」

えぇーっ!(サザエさんのマスオさん風に)

 ちょっとイレギュラーな感じになってしまったが宿は確保できたのであとは何とかして古見まで行くまでである。

 ちょっと早めの8時出発。
 緩やかな西風が吹いており、追い風となって僕らを東へと導いてくれる。これはまさに神風である。いっきにぐんぐんと距離を伸ばしていく。9時には赤離島近くまで来ており、9時20分に座礁船前通過。10時前にユツンの洞窟あたりまで漕ぎつけていったん休憩する。

 ユツンの湾を横断する際にKさんの様子がどうもおかしく、なんでも若干シャリばてのような感覚になったという。インナーゼリーを飲んで自力で回復していたが、なんだかんだで疲れも溜まってきているのも事実のようだ。このあたりは広いリーフ内を漕いで行くので単調なリズムであるのも理由だったかもしれない。

 

 そこから高那沖を通り、ウ離島まではまさに単調なパドリングが続く。若干まだ潮が足りなく、途中座礁しそうになりながらなんとかウ離島の東側に周り込み、そこにあるビーチまえにカヤックを係留して昼食とした。メニューはさらにシンプルになりレトルトのトマトソースパスタとさんぴん茶である。
 ここで一時間ほど休憩し、潮がある程度上がってくれたことを認めてから出発。
 ここから由布島の沖合、嘉佐崎までは遠浅のアマモ場、がれ場が続くのでカヤックの走行でも水深がある程度あったほうが距離が縮められる。
 嘉佐崎の先端はけっこうビーチが多く、県道から遠く離れているためにビバークするには適した場所が多い。今回は宿の誘惑に負けてしまったが、余裕があればここを拠点に石西礁湖の島々を漕ぎまわるのも面白いかもしれない。

 嘉佐崎を周り込むと若干風も強くなり、そして雨が降り始めた。正面に見える古見岳山系に雨雲がかかり、霞がかった光景はなかなかだ。その中をわれらのカヤック船団が進んで行く。なんとも絵になる光景である。鍵状に出っ張った嘉佐崎に囲まれた古見之浦の中を漕ぎ、後良川の河口に向かう。この橋をくぐったところが本日のゴールだ。ほぼ14時ちょうどに到着した。休憩を含めて6時間でここまで来れれば上等である。

 後良川から「民宿マナ」までは歩いて5分ほどだ。必要なものだけを運び、宿に向かうとオーナーの石原孝子さんとご主人の和義さんがいた。宿の説明を受けて部屋を案内される。正直僕自身は何度か遊びに来ているのでどういうところかは知っていたが、お客として泊るとなると新鮮な気分がする。
 食事を作ってもらい、石原さんたちと呑むのも楽しみだったのだが今回は残念。せっかくだからと魚を3匹ほどいただくことができ、キッチンも自由に使えると言うのでこの日も僕が料理を作ることに。キャンプではないのでまさに「割烹赤塚」である。

 皆、四角い屋根のある部屋に入って安心してしまったのか、畳の上が安心できるのか、横になると早速高いびきが聞こえてくるようになった。

 夕方になるとうちの家内も来ることになり、足りない食材を買い出ししてきてもらった。残っている食材を整理し、この日のメニューはジューシーメ―、根菜の味噌汁、水菜と島豆腐のサラダ、ソーミンチャンプルー、頂いたクチナジ(イソフエフキ)のアクアパッツァ。それに途中から遊びに来た古見在住の友人、今村家族が持ってきてくれたイノシシ肉料理とグリーンカレー、そしてそしてうちの嫁さんのデザートという豪華絢爛最後の晩餐となったのだった。今村君は島の素材で作ったお茶、その名も「島茶」を作っており今は同業者のガイドスタッフとしても働いている。

 楽しい宴だったが、まだまだ一周は終わらない。気が抜けてはいけないと10時には解散し、明日に備えるのだった。ガイドは何故か本棚にあった手塚治虫先生の「ブラックジャック」にハマってしまい、けっこう遅くまで読みふけってしまったのだった・・・。



◆漕行距離 23.8km (合計95.3km)

○6月15日

 泣いても笑っても最終日である。
 朝、朝日とともに起きて空を見に行く。天気は良い。後は風が強まらないことを祈るしかない。昨夜の残りで朝ご飯とする。しっかりと掃除をし、荷物をまとめてカヤックにパッキングし終わると8時30分を過ぎていた。なんとか最干潮前に古見之浦を出て深場まで行き、南下を開始したかった。

 後良川の河口から沖合までは小さいながらも目印になるブイが結び付けられており、それを目安に漕いで行けば何とか座礁せずに沖合まで出れそうだった。潮は引いているので流れもある。南東の風が吹いており、それが多少気になる。

 深場を探りながら古見之浦沖合から仲間崎沖合に向かって南下を開始するが最短距離を狙いすぎたためか中途半端に沖合に出れていなかった。最干潮が近付き、仲間崎を通過する頃には何度かカヤックを降りて歩いてけん引することが多くなる。
 9時30分から10時40分までのほぼ一時間はカヤックを引っ張って歩く羽目になった。だけどこの遠浅の海をカヤックを引っ張って歩くというシチュエーションが参加者にはとても新鮮に感じたらしく、あと後今回の感想を聞くとこの時の印象が強いとの話だった。確かに荒野をさまよったあげく、乗っていた馬から降りて歩いているような錯覚に僕も時々なる。沙漠の上をラクダとともに歩いているとでも言うべきか・・・。

 仲間崎を過ぎて仲間川河口からの水路が近付くころになってやっとカヤックに乗れるような水深になった。正面からは南風が吹きぶつかってくるが漕げないレベルではない。何よりメンバーのテンションはゴールに向けて高ぶっていた。一気に高速船の航路を抜け、大原港沖合を通過して南風見崎を通過した。風次第ではこの大原港で一周を終わらせるつもりでもいたが、ここまでくれば何としても南風見田浜まで漕いでゴールしたい。

 豊原沖を漕ぐときはそれまでにあまりなかった日差しが差し込み、コバルトブルーの美しい水の上を漕いで行くことになる。なんてきれいな海を漕げるのだろう。それが自分のホームフィールドである東部の海であることが嬉しい。
 フケガーラの海岸でいったん上陸して休憩。航路横断から向かい風の中一気に漕いできたのでけっこう疲れていたはずだ。ちょっとした高揚感とともに水に浮かび体をリラックスさせる。もうゴールは見えている。

 13時ちょうど、南風見田浜到着。出発した場所から右側に陸地を見ながら漕いでいたら元の場所に戻ってきたという不思議。地球一周って、これよりももっと規模がでかいとは思うけど、このワープ感覚というか、距離感の整理不能な感じから受ける不可思議さは同じだろう。周遊道路を一周するよりも、海旅はそれをいっそう感じる。

 撤収を済まし、ランチを豊原の「字南風見」で食べていると、南風がさらに強まってきていることに気づいた。ニュースを見るとこの日、八重山地方は梅雨明け宣言をしていた。つまり夏至南風(カーチバイ)が吹き始めたのだ。

 危機一髪。なんというタイミングの良さ。西表島一周、なんとも言えない達成感に包まれて終了したのだった。



◆漕行距離 16.4km (合計111.7km)

○エピローグ

 今回の西表島一周、正直言うと成功するとは思ってもみなかった。そもそもバジャウトリップが始まってから「西表島半周」とか「八重山諸島アイランドホッピング」とか、企画物はことごとく天候悪化の為に中止や変更になっているものが多く、今回の一周は初めて当初の計画通り成功した企画物・・・ともいえるのだ。

 勝因は何かと考えれば、まずは出発初日のスタート地点の変更と、パイミ崎を初日にいきなり越えてしまったことだろう。これがなかったら、かなりグダグダなツアー展開になっていたと思う。

 5泊6日という日程も良かった。今回の天候ではほぼジャスト。短くても一周はできるが自然相手で行うにはあまりにもその可能性を狭める理由の一つになってしまう。第一、漕ぐだけになってしまいアスリートチックでストイックなものになってしまう。そういうものは個人で行うには嫌いではないが僕の行うツアーではないと思っている。

 メンバーの相性も良かった。自己主張が皆弱い人(つまり協調性があるということ)ばかりだったのでグループとしての一体感があったと思う。メンバーに恵まれたというのはガイドにとってはもちろん、お客さん同士でも良い事だと思う。少しでも気に入らないところが他の参加者にあったりしたらチームワークが乱れ、ガイディングにも支障が出てしまうからだ。

 何より、程よいタイミングで対応が可能だった天候が良かった。べたべたに良すぎるでもなく、最悪の天候でもない。ナビゲーションや観天望気をゲームとして考えると非常に今回の天候、海況は好敵手だったように思える。
やはり6月というマイナーな時期に西表島一周を試みたのは正解だったと今でも思う。

 普段のツアーでは、その日一日のこと、わずか数時間の中でのことだけを考えてナビゲーションすればいい。だけどこと一周となるとその日一日だけではなく、次の日、また次の日、そして最終日の着地の方法までを常に考えていなくてはならない。天候の変化に伴い、そしてそれによる観天望気とわずかな情報からの気象予報で先のことを自分で考えてそれに行程、通過するであろう土地の地形を結びつけなくてはならない。長期のツアーの難しさはそこにある。自分がガイドとなり長距離ツアーを行うことで、それまで自分が参加したことがある長距離ツアーのガイド先輩たちのすごさがありありとわかってくる。だが、そこにシーカヤックガイドという職業の面白みがある。たまらないゾクゾク感と達成感。それを忘れないためにも、そのナビゲーションの感覚を磨くためにもデイツアーではなくこのような長距離ツアーを行っていく必要があると思った今回の企画だった。


 今回のこの一周に参加したことで、男性2名は既に次の海旅も期待しているようだ。ありがたい事です。こんな面白い遊びを共有できる相手がいるというのが僕らガイドとしても嬉しい事です。海外から来られたAさんにも、短期間でしっかりディープで濃い内容の西表島を伝えられたんじゃないかと思う。Lさんも、まだまだ知らない西表島があることを知れたんじゃないか。

 来年ももちろんやるつもりです。今回の反省を踏まえ、次回は6泊7日がいいかな?隣の島にも行ってみるかな?・・・と、今回参加したメンバーで相談したものです。
 是非この機会にガッつり、西表島とシーカヤックを楽しみたい方、お待ちしております。

今回お世話になったLINK

農家民宿 マナ (石原):https://www.facebook.com/mana.iriomotejima/(フェイスブック)  
                :https://shimayado.jp/inn/2(島宿島旅)

 

Natures delight (今村):http://club.montbell.jp/common/system/user/infomation/disp.php?site_category_id=6&infomation_id=426(mont-bell)