屋久島一周


1日目
春田浜→トローキの滝→湯泊
 縦走から帰った僕は翌日、足が筋肉痛になったこともあるが一日休み、715日、安房から屋久島一周に出発する事にした。
 安房港のスロープはカヤックの使用が禁止されている。理由はあえて言わないが、まぁくだらない理由です。安房川から出すこともできるのだが、僕は安房の少し南にある春牧の春田浜から出発する事にした。
 出発当日、天気は快晴、風もほとんどなく海も穏やかだ。絶好のパドリング日和である。畠中さんのハイエースに装備を全部乗せ春田浜に着くとカヤックを出し、その場で組み立てて行く。何気にここに来て自分のカヤックを組み立てるのは初めてで、畠中さんも僕のカフナを見るのはそれが初めてのことだった。
 「へぇ〜、すごいねぇ・・・。ファルトも馬鹿にならないなぁ」
 ファルトに乗ったことがないリジット乗りの人がよく言う言葉だ。
 よく「この海でファルトなんか漕いだらバラバラにされて死んでしまうよ」とか言われるが、たいがいそういうことを言う人はファルトを乗ったことがない人だ。フェザークラフトの舟なら尚更である。だからファルトで旅していると地元の人の意見は素直に聞くべきことと、そうでない部分がある。北海道の新谷さんはフェザーの舟でケープ・ホーンを周り、アリューシャンを漕いでいるのである。ハード面の心配はリジットと大差ない。
 畠中さんも実際の舟を見て、ファルトを見直したようだ。
 組み立てが終わり、パッキングを済まし、いよいよ出発となった。
 11時ちょうど、春田浜を出発。小さな川があり、そこの河口だけサーフが立たないので出発が容易にできる。
 パドリングは極めて順調だった。何しろ天気が良い。強い陽射しがサンサンと降り注ぎ海底の様子がわかる。蒼い、きれいな水の上をすべる様に漕ぎ進む。時折、浅い根が出ておりその先端には色とりどりのサンゴが付着している。スズメダイが海底から海面にかけて袈裟状に帯になって漂っているのが確認できる。
 「屋久島の海、きれいじゃん!」
 潜っている時から思っていたがここの海は黒潮が近いせいか妙に青い。海の青さと緑に覆われた山々。その境にある海岸は剥きだしの花崗岩が力強い地形を作っている。これといった障害物はないが、その分ダイナミックな磯と、陸の上にそびえる頂上を雲に隠された山が迫力ある。
 そんな事をいっていたら前方に一際目立つ山が見えてきた。
 モッチョム岳だ。
 島の南側の道路を走っているとどこにいても目に付く山で、海岸付近から急激にそびえるそのダイナミックなたたずまいが、僕はけっこう好きだ。
 この山の名前の由来は色々あるみたいだが、種子島の人があるものに似ているので島の方言で言いだしたのが由来らしい。そのあるものとは・・・紳士の僕からはとても言えるものじゃありませんよ・・・!
 そのモッチョム岳に見守られながら海を漕いで行く。
 海亀がそこら辺にいっぱいいる。最初は見つける度に「はい、1カメ!」「ハイ、2カメ!」「ホイ来た3カメ!」などと数えていたが、途中からあまりにもいるので数えるのをやめた。
 海亀を見つけるのは慣れれば簡単だ。黙々と漕いでいれば「プシュォ!」と、いう音がするのでその方向を見れば呼吸の為にあがっている潜水艦の展望鏡のようなカメの頭が見つけられるはずである。
 または、海面下ギリギリのところに茶色い何かが浮いているなーと思ってしばらく観察していれば亀かどうかがわかる。たいていホンダワラであることが多いが、これで亀に近づく事もできる。屋久島沿岸はさすが海亀の研究と保護をしているからか、はたまた只単純に黒潮に近いからかわからないが、亀はとにかく多いようだ。海上から見る限りアオウミガメが多いが、たまにタイマイも見る。甲羅のふちが丸いかギザギザか・・・というだけの同定方法だけど。潜っていても青はよく見るが赤やタイマイはあまり見ない。
 2時間ほど漕ぐと最初の目的地、トローキの滝についた。原(はるお)港の手前に入口があると聞いていたが、迷う事も無く見ることができた。
 トローキの滝は鯛ノ川(たいのこ)の河口にあり、海に直接落ちる滝だ。西表島にも海に直接落ちる滝が何箇所かあるが、ここの滝はもっと大きい。滝壷がある湾は入江になっていて滝が落ちる音があたりに響いてすごい。
 海に落ちる滝ということで、「お約束」通りカヤックごと突っ込もうかと思ったがけっこう勢いがあるのでやめておいた。
 ゴロタ場に上陸し昼食をとる。トローキに着いたら電話をくれと畠中さんが言っていたので電話をすると「え!?もう着いたの??」と驚いていた。僕の中では予定通りだったが、けっこう速いペースらしい。途中まで一緒に漕ごうと言うので飯を食って潜って遊んで待っていた。
 トローキの滝がある湾は以外に深く、淡水と海水が急激に出会うため、見事に層ができてモヤっていた。岸際には小魚が群れ、潜るとゴマフエダイが見えた。そして驚くべき事に海底のゴロタ岩の隙間には良型のメジナがワラワラいた。まさかこんなところにこんな大きなメジナがいるとは誰も知るまい・・・。滝壷まで泳いでいこうと思ったが滝というのは色んな意味で怖いのでほどほどにしておいた。
 人泳ぎしてから体を温めていると愛艇のレジェンドに乗った畠中さんがやってきた。すぐそこの原港から船を出したそうだ。出発し、しばらく漕いだが僕の写真を撮りすぐに戻っていった。
 ここからは上手くやれば栗生までいけると思った。
 屋久島一周の際、気をつけるべき点は潮と岬だ。特に注意するべきは栗生沖を流れる海流と言われていた。
 屋久島の真南には有名な黒潮が流れている。日本の南から東シナ界を北上してきた黒潮はちょうどトカラ列島と屋久島の間を通り、太平洋へと流れて行く。その分流が屋久島の場合、ちょうど南西の位置にある栗生にぶつかり、永田方面と安房方面の二つに分かれて流れるそうなのだ。
 ところがちょうどそのぶつかる部分には七瀬という離れ磯があることからわかるように地形が複雑で、潮流と合わさるとちょっとでている岬を境に潮が怒涛のように流れると言うのだ。それはエンジン付きの漁船でも苦労するほどで、ちょうど僕が一周する2ヶ月前には七瀬近海で漁師が死んだと言う。
 屋久島にはその他、屋久島灯台がある永田岬、一湊にある矢筈岬、空港と田代海岸の間にある早崎が難所だと言われているが、とにかくこの栗生沖が一番「ヤバイ」場所であるから気をつけるようにと、畠中さん以外にも地元の漁師、地元民に言われまくっていた。
 前置きが長くなったが、つまりその栗生を前にして、少し気合をいれ、潮が止むタイミングを見計らう為に直前まで行っておきたかったのだ。
 もう一つ理由をあげるとすれば、潮が速いという事はつまり、良い漁場だということなんですね〜。栗生川の河口ではメーターオーバーのロウニンアジがバンバン釣れており、こいつも何とかしなくちゃいけないと思っていたのだ。
 しかしこの日は湯泊までしか行けず、そこでビバークする事にした。
 トローキから湯泊までは感じの良い磯が列なり、トンネルなどもあったりしてなかなか楽しかった。磯にはたまにイシダイ狙いの釣師が竿を出しており、こちらをイブカしげに見ている。あいにく彼が仕掛けを落としている場所は砂地でイシダイはいそうも無かったが・・・。
 湯泊には16時くらいに着いた。上陸するとすでに先客のテントが張ってある。このテントは以前Fと来た時からあり、住人はUFMウエダのミッドショアーを持ち、バイクに乗って釣りまわっているのを知っていたので「ガーラ兄さん」と勝手に呼んでいた。
 ガーラ兄さんは留守だったのでちょっとはなれた場所にテントを張らしてもらう。ダンロップのテントにモンベルのミニタープという、僕とほとんど変わらない装備がこれまた親近感を湧かせた。
 湯泊は周りがどこも良い磯だ。さっそく漕ぎ疲れた体をほぐす意味でも、おかずを獲る意味にも潜る。なかなか地形がダイナミックで面白い。キビナゴがグルグルまわっているので回遊魚でも来ないかなと思っていたら、オニヒラアジが寄ってきた。しかし近づこうとジャックナイフをした瞬間、サラシに呑まれてバランスを崩し気付いたころには見失っていた・・・。さらに足元に黄色い尻尾のにくい奴、king Fishこと、ヒラマサを見つけたがとてもじゃないが潜れそうな深度ではないので(−20m以上)諦めてしまった。
 結局イシガキダイとアジアコショウダイを突いてあがる。ざっと往復40分の手早い仕事だった。2匹ともイチコロ。俺ってやるなぁ〜と、思っちゃいました。
 魚をタイドプールに入れて近くにある温泉にでも行こうと思ったら畠中さんとFが遊びに来た。せっかくお風呂セットも持ってきたので彼らをほったらかして温泉に入る。
 湯泊温泉は男女混浴だ。しかも水着は許されない。海岸に掘立てがあるだけの質素なつくりで目の前には太平洋が広がるという、なんとも簡素優雅な温泉である。ちょっとぬるいが。
 さっぱりして温泉から出るとき、隣の女性用浴槽にいる全裸のおばさんと目があってしまった・・・。気まずい・・・。この温泉は時間を考えて入るべきだ。
 Fと2人で魚をさばき、刺身にして夕食とする。さし入れにビールを持ってきてくれたのはいいが、2人とも運転があるので飲めず、俺だけ飲んでいて何だか申し訳ない。9時に彼らが帰ると急に眠くなり後かたずけをしてテントに入った。
 湯泊港は地元の人達が集まってバーベキューをやっていて深夜まで花火などやり賑やかだった。夕方まではメアジを釣る釣り客で賑わっており、みんなキビナゴ餌でアジを釣っている事に驚いてしまった。メアジって、キビナゴ食べるんだなー。プランクトン食だと思っていたのでこれは驚きだった。
 また、突っ込まれると嫌なので、あらかじめ言っておくが、屋久島は基本的にキャンプ場以外ではキャンプ禁止である。だが、テントを張っていて誰からも咎められた事はない。地元の人と会っても「どこから来たんだ?」「気をつけろよ」くらいの会話である。
 ただし集落内や人目に目立つ所はやめたほうがいいだろう。宮之浦や安房などの集落内は特にやめたほうがイイ。人があまり来る感じは無く、重要な文化財や自然保護区以外でなら条例はともかく、地元の人は何も言わない。それをあーだこーだ言ってくるのなら、速やかにこっちが移動すればいいだけだ。たまには要領がない人、臨機応変な考えを持てない人とも出会うだろうからね。


2日目
湯泊→栗生→大川河口
 朝起きると海はけっこうヤバイ事になっていた。湯泊港の堤防の外にある磯は波をもろにかぶってサラシで真っ白だ。波はチューブを巻いて岩に叩きつける。
 「んー面倒くさい事になった・・・」
 とりあえず朝風呂に入ってそこから荒れた海を見て色々考えてみる。波こそ出て派手ではあるが、カヤックが漕げない海ではないと判断。9時頃、ガーラ兄さんと話をしながらパッキングをし、出発となった。
 湯泊の港から出ると同時に猛烈な風と波が打ち寄せてきた。山からの風ではないので沖に出れば何とかなるだろうと波と波の間を漕いで沖にでて、サーフが巻いてない所あたりで進路を栗生方面にとる。
 海は波の泡で濁っており、あまりきれいではないうえに奇妙なうねりを作っていて非常にめんどくさいパドリングが続いた。ところがこの海域、ムチャクチャウミガメが多く、視界の中にいっぺんに5匹、亀がいることもあった。このぶんでは一周する頃には100匹は亀を見ていそうだ。
 もくもくとパドリングをしていると前方に白い水飛沫をあげた物が見えてきた。
 七瀬だ。まだまだ遠くはなれた場所だったが、明らかに自分の身長を3倍くらいにした波が押し寄せているのがわかった。沖は相当荒れているようだ・・・。
 しかし天気はかなりイイ。無事、栗生港まで到着し、港の中にある栗生海水浴場に舟を上げると堤防内なので風がなく、とにかく暑い。暑過ぎる!
 歩いて集落内を探索し、栗生川の手前でやっと商店を発見し飲み物を補給する。その場で100円のコカコーラ500mlをイッキで飲むがまだ喉が乾く。しかし無駄な水分補給は命取りだ。我慢する。
 フラフラと栗生川河口にあるという、日本最北のマングローブ林を見に行く。以前、畠中さんに「あのへんだよ」と言われていた場所に道を探しながら近寄ると、それらしき物を発見できた。
 「んー、こりゃ本当に林じゃなくて畑だ・・・」
 日本最北のマングローブは申し訳ない程度に栗生川のほとりにある干潟に存在した。メヒルギとしてはかなり立派な感じであったが、どうにも植林したんじゃないか?と疑いたくなるくらい小規模で均一で、まぁ最北だから仕方ないかと納得する。しかしその後Fがここでノコギリガザミを獲ったというのだから「マングローブ蟹がいる場所=マングローブ林」と認めざるを得ない・・・。
 できるだけ舟を栗生の岬に近づけたかったので再びカヤックに乗り、栗生川の河口にあるタイドプール観察コースのあるビーチに上陸する。そしてここでしばらく海の様子を見ることにした。
 栗生の沖は潮が速いのでそれに乗らないように岬のリーフの中を通っていこうと考えていたのだが、あいにく岬の先端は恐ろしいほどのでかい波が立ち、通行は不可能だった。できるだけ潮が動かない潮止まりの時間を見計らい通ろうと思ったのでそのまま時間がたつのを待つ。しかし荒れた海を見れば見るほど不安にもなってくる。観光客がやってきて東映みたいな海にワイワイ言っているのに対し、僕は海が怖くてしょうがなかった。
 14時頃、満潮の潮止まりになるはずだった。潮が入ってきていくぶん波もマシになったような気がする。潮は中潮、微妙だ・・・。
 意をけしてカヤックに乗り込み、荒れた海に突入する。すぐ横を自分のカヤックを丸ごと呑み込んでしまうようなサーフが巻いている。ひたすら全力でパドリングをし、サーフが巻かないあたりまで出る。七瀬を見ると白波で半分沈みかけ、飛沫で白く霞がかっている。あれなら十分死ねる。
 頃合を見計らって岬を回る。
 真横を見るとサーフの背中越しに飲み込んだリーフの岩やサンゴが見える。そして次の瞬間真っ白になってしまう。オ、恐ろしい!!死に物狂いで漕いだ。左やや前方に意識を集中し、ブーマーが来てもいつでもブレイスができるように心がける。でもブレイスでしのげるような波なのか??
 勝負は思ったよりアッサリ終わった。20分ほど必死に漕いでいたらいつのまにか岬を周っており、波は穏やかになってきていた。
 「やったー・・・」
 後ろを振り向くと栗生の岬は依然として荒れていた。ここ岬を越えたのかと少し自分を褒めたい気分だ。安堵感に包まれ今日のビバーク予定地の大川河口にあるビーチを目指した。
 途中、何度か漁師の船に出会った。サバの一本釣かと思ったら潜水漁だという。船に一人で待っているところを見るとフーカー潜水かタンクだろう。鮑のいないこの海域で潜水して何を採っているのか気になったが、先を急いでしまった。今になって非常に気になる。
 どこから来たのかと聞くので安房と答えると「ふーん」という返事。サメが心配だったので聞いて見たが「大丈夫だよ、その船でも」と言うので安心する。あまりこちらに興味はないといった感じだった。
 ウミガメに交じってシイラなど見つつ漕ぎ進む。
 1530分頃、大川(おおこ)の河口に到着。船を上げ、とりあえず休憩がてら林道を歩き、その上にある有名な大川の滝を見に行く。落差88mというかなり大きな滝だ。多くの観光客のなか写真を数枚撮り、帰りに川で泳ぐ。大川の滝の滝壷は遊泳禁止だが、川でなら問題あるまい。多量の潮をかぶっていたので淡水で泳ぐのは非常に気持ちがいい。ボウズハゼやヨシノボリ、ゴクラクハゼにまじってテナガエビもいて面白かった。
 カヤックのある場所に戻り、テントを張ってしまおうと思い、適地を探す。
 僕は砂浜に直接テントを張るのは目立つし風が吹き抜けるし、砂が入るから極力嫌なので涼しい林のそばに張ることにした。
 ところがここで落ち葉を払っていると「コラお前!」と背後から声が聞こえた。振り向くと初老のオヤジが川で野菜を洗っている。「は?何か?」と聞くと、「何をやっているか!」と、かなりご立腹な様子で聞いてくるので「カヤックで島を周っていて、テントを張るから整地しているんですが・・・」と言うと、なにやら口元でぼそぼそ言って野菜を再び洗い出した。ウミガメの卵でも採っていると思われたのだろうか?
 なんだかよくわからないが、ここにテントを張るのはよくないと悟り、仕方なくしばらくテントはまだいいと思い、潜りに行く事にした。
 波打ち際は濁っているが、沖に出るとかなり透明度は上がってきて砂地のうえにでかい岩がポツポツある感じになってきた。さらに沖に出ると地形もダイナミックになってきて、海底には砂の上に海藻ではなく川から流れてきた落ち葉や枝が堆積している。
 ここでも岩下でイシガキダイを突く。本当は最初からまわりをウロチョロしていたアオチビキを獲りたかったのだが、あともう少しというところで射程に入ってくれなかったり、疫病神のブダイによって魚がみんな散ったりしてチャンスを逃していた。
 浜に上がると畠中さんが来ていた。Fもこっちに向かったらしく今夜は一緒にキャンプしようと言っていたのだが、カブが二回もパンクし、諦めて帰ったそうだ。今夜も一人で晩酌である。お土産のビールを置くと畠中さんは帰っていった。毎回毎回律儀な人である。
 魚をさばいていたら、犬の散歩に来ていたおじさんが挨拶してきた。
 「へぇーイシダイかー、やるねー。潜って突いたんだ」
 栗生の集落から犬を放す事ができるこの浜に散歩に来たようだ。ちょっと世間話をして作業の続きにかかる。
 その後、またあの意味不明オヤジがやってきて意味不明の言葉で何か言ってきた。聞き取れないので「え?なんですか??」と言うと、いきなり近寄ってきてまな板の代わりに使っていた平たい丸太を奪い取り、「これはワシのじゃ!!加工してあるのがわからないのか!!」といきなり怒鳴りつけてきた。これにはちょっとカチンと来たので「あぁ、わかりませんよ」と言うと、血相を変えて「なにを〜!!」と、持った丸太を振りかぶってきたので思わずガードするとまたもや意味不明な事をブツブツ言って戻っていった。
 どうやらそれは彼の彫刻の作品だったらしい。ちょっと平らだったのでまな板にと使ったのだが、確かに変な木クズも一緒に落ちていた。でも普通に海岸に落ちていたんだよ?流木と一緒に。だったらちゃんとしまっておけよ、と言いたかったが地元民との変なトラブルは避けたい。キャンプサイトとしてはすごいイイ場所なのだがあのオヤジが不愉快だ。
 オヤジは海岸の入口付近で焚き火を起こして何か作り食べている。栗生から来たさっきのおじさんと話していたので栗生の人のようだが不気味でしょうがない。テントは砂の上に張ることにした。
 そういう人為的な不愉快な事はあったものの、海岸にはたくさんの屋久杉の流木が転がっており、焚き火にはことかかなかった。夕日がきれいに目の前の海に落ちる。
 きれいな夕日、焚き火、川で冷やしたビール、旨い魚と飯・・・。最高だ。
 屋久杉の流木はパチパチといい音を立ててよく燃えてくれた。


3日目
大川→(車で移動)→永田→一湊
 夜中、波の音がすぐそこまで聴こえているのが不気味で、テントを少し高いところに持っていき、カヤックもうえに上げた。不気味なオヤジの姿はない。
 朝、起きると見事に最初にテントを張った場所は波で洗われていた。だからこんな所にテントは立てたくないんだ!!
 テントのすぐそばにはキャタピラが通った様なあとがあった。どうやらウミガメが上陸していたみたいだ。
 しかしそれ以上に驚いたのは見事にチューブを描いて海岸に打ち寄せる波だ。はっきり言ってこれではエントリーできない。岸際で一気に砕ける波なのでカヤックを先に沖に出してしまい、泳いでサーフを越え乗っていけば何とかなるのではないかとも思った。しかしここから先は西部林道。20qちかく、上陸できるような場所がない場所を漕がなければならないのだ。しかもその途中には難所、永田岬がある。途中で引き返すにしてもこのサーフで上陸するのは舟も自分も心配だ。
 テントの前でたたずんでいるとゴツイおっさんがやってきて、昨日栗生を漕いでいた奴かと聞いてきた。おっさんは鼻毛の出た顔で「今日はやめたほうが良いぞ」と真顔で言った。栗生は昨日より荒れているという。
 「仕方ない、停滞だ!」
 大川から県道にでて西部林道に続く道を歩き、上から海を偵察しに行くと、何だか不安になってきたのだ。携帯電話が通じる場所まで行き、畠中さんに今日は停滞する主旨を言う。
 ところがここで妙案がうかんでしまった。畠中さんには悪いが車で永田まで連れていってもらい、先にそこから漕ぎ出せないだろうか・・・と、企んだのである。ありがたいことに畠中さんは了解してくれ、1時間半ほどすると大川の滝まで来てくれた。
 本音を言うとあの不気味なオヤジが今夜も来そうでここにもう一泊するのが嫌だったのだ。第一、天気はよすぎるので勿体無い。風裏にあたる北側なら大丈夫だと思い、先に漕いでしまおうと思ったのである。車を出してくれた畠中さんには感謝感激である。
 案の定、畠中さんと西部林道を通り永田岬の上にある屋久島灯台に行くと岬の南側と北側で全然海の様子が違った。これなら余裕だ。
 永田の定食屋でラーメンを食べて昼食とし、永田港から出発する。
 風はほとんどなし。見事な晴天の下、カヤックは永田の有名な「いなか浜」をすぎる。ここはウミガメの産卵地として有名だが、予想に反してウミガメの姿は少ない。ともかく亀は上陸できてもカヤックは上陸するのがためらわれるのでそそくさと先を急ぐ。
 順調に吉田の集落も通過し、予定通り余裕で一湊までいけるだろうと思っていた。ところが「せんろく鼻」の付近でその先から明らかに海面が変化しているのがわかった。風が吹いている、それもかなり強く・・・。
 その部分に入ると案の定、爆風で帽子が飛ばされそうになる。腹に力を入れて渾身の力を入れて漕ぐが、カヤックはチビチビとしか進まない。それでも前進はしているので気長に漕いで行く。どうせあと2〜3qというところだ。
 根気よく漕いでいると前方に大きな船が停泊しているのが見えた。一湊の町も見えてきたがその船が妙に気になる。どっかで見た事がある船だったからだ。
 「まさかなー、ひょっとするかなー??」
 そう思ってちょっとめんどうくさかったが船に近寄り船名を確認する。
 「海鷹丸・・・。やっぱりそうだ!」
 なんと、我が母校水産大の調査船だったのだ。そういえば今は学部生の「一ヶ月後悔」じゃなかった、「一ヶ月航海」の時期だ。一ヶ月の航海実習で、調査船で日本を一周する授業があるのである。そう考えるとあの船には知り合いの後輩が何人か乗っているはずだった。
 なにかしら合図を送りたかったが、爆風の中を漕いでいるのでパドルが放せない。
 「まさか自分の先輩がすぐ横をこんなちっぽけな舟で漕ぎ進んでいるとは思うまい・・・」
 とりあえず船は後にして一湊の海水浴場に向かった。矢筈岬の風裏に入ると少しはマシになり、時々吹く突風の中、なんとか一湊の海水浴場に上陸する。
 カヤックを置いて一湊の町を探索する。
 一湊はサバ節で有名で、町の川の河岸にはたくさんのサバ節工場が連立していた。商店と酒屋により、とりあえずビールな気分だったのでビールを買い、港に出て飲んだ。風が強く砂がまっている。
 再び歩いて海水浴場に向かう。なかなか若いお姉さんが多く、派手なビキニがウレシハズカシ18歳といった感じである。書いてる本人もよくわからないから深く意味を考えないでください。
 そんな男の夏の青春を楽しんでいると前方に明らかに怪しい、ウエットスーツを着て銛を持った男が波打ち際から現れた。場違いすぎる・・・!だが、こんな格好をしているのは我が水産大関係者以外おるまいと走って近寄ってみると、何故かあっちから声をかけてきた。
 「あ、アカツカさ〜ん、遅かったですね〜」
 思わず、砂に足をとられ蹴つまずいてヒザから崩れ落ちる。
 Fだった・・・。こんな海水浴場で銛もって潜るなよ、しかもウエット着て・・・!
 しばらく話をし、2人で矢筈岬にあるキャンプ場を見に行く。だが、どこがキャンプ場だかハッキリせず、一緒に歩いていた野良犬がいきなり山の中に入っていき、谷間から見えたと思ったら猫を咥えてブンブン首を振っているのだ。ネコの「みゃ〜みゃ〜」という声がかわいそうと言うより不気味で、「なんでこんな場面に出くわさなきゃならないんだ・・・」と一人ごち、ここまで上がるのもめんどくさいので海水浴場からちょっとはなれた場所にテントを張らしてもらうことにした。
 Fが帰ると、今度は畠中さんがやって来た。宮之浦に用があったらしく、そのついでだそうだ。しばらく話をし、すぐに用があると帰っていった。なんだかんだいって毎回誰かと会っている。島だからどこにいても会いにいけるということか。
 この日はスパゲティーにレトルトのトマトソースかけて食べただけ。月がきれいに出始めてきた。あともう少しすれば満月になる。より潮を考えて動かないといけなくなってきそうだ。
 月もそうだが、星もきれいでしばらく空を見ながら、誰もいない海水浴場の冷たい砂の上で空を見ていた。が、風が強く9時頃には大人しく寝ることにした。


4日目
一湊→宮之浦→小瀬田→安房川
 人が早くからやってくるかもしれないのでとっとと撤収する事にする。830分に出発。
 昨日よりは風が無く楽だ。矢筈岬をなぞるように漕ぎ進む。ここの岬はそれほど心配する必要はないと聞いていたが、岬の先端にはかなり強力な潮がぶつかっているらしく、大きな三角波が何度もカヤックのデッキを洗っていった。バランス感覚がおかしくなりそうで、懸命に漕いで何とか乱潮帯を漕ぎぬける。何気に今回の島一周で一番テンパッたかもしれない。怖くはなかったが。
 岬を抜けるとしばらくサメが背びれを出してカヤックを追いかけてきたが、5分もするとどこかに行ってしまった。
 畠中さんは昔、中山さんと2人で永田岬から永田を漕いでいたときにサメのナブラに遭遇してしまい、それ以来サメに対しては異常に敏感になっているそうだ。6m近いホオジロザメがカヤックの下を通過したこともあるという。そんな話を聞いていたから僕もサメには随分と気を使ったが、今回サメを見たのはその矢筈岬の一匹だけだ。
 僕には正直、カヤックを乗っている時、サメは怖いとは思わない。怖いのは魚を突いている時だ。この時のほうがスウヒャク倍怖い。
 サメは自分の体長より大きな物には攻撃しないと言われている。自分の大きさより大きい物に攻撃するのはシャチだ。だがシャチがカヤックを攻撃したと言う話は気かない。残念ながらサメがカヤックを攻撃した事例はけっこうあるみたいだ。とくに捕食体制になっている時は危険で、ナブラなどを起こしている時はマジでヤバイ。動く物全てを対象にするからカヤックに乗っていても危険かもしれない。サーファーがアザラシと間違われるくらいだからカヤックも然りだろう。
 だが一定のスピードで漕いでいる分には45m近いカヤックに攻撃するようなサメはいないだろう。少なくとも、僕はそう思っている。攻撃してきたら、その時考えよう。
 そこから宮之浦までは何の印象も残っておらず、気付いたら宮之浦に着いていた。港の外側から赤灯台を巻き、大型船舶に気を使いながら港内の砂浜に上陸。11時頃だ。
 宮之浦のAコープまで歩いていき、そこで昼食と飲み物を購入し、港で食べる。飲み物はジャンクな物が飲みたいと同時に、乳製品も飲みたく、いつものコーヒーも我慢できず、やっぱりビールもおさえときたかった。で、結局コーラと缶コーヒー、ミニ缶のビールに紙パックの牛乳、携帯用にアクエリアスを購入し、全て飲むことにした。満足です。
 1230分、再びカヤックに乗り空港方面に向かって漕いで行く。この辺は以前畠中さんの仕事を手伝った時に漕いでいたので苦労は無かった。淡々と漕ぎ、14時にはエビの養殖場がある小瀬田に到着してしまった。
 本来なら、ここで今日の漕行はやめて、明日安房まで行こうと考えていた。
 だが、時間もまだあるし、体力的には全然余裕だった。ここから先は早崎も通るし、海も荒れるだろうからもう少し天気が安定してからと思っていたが、目の前にある海は少し波はあるものの、漕げない海ではないと判断。何より気分が高揚しておりまだまだ漕ぎたかった。
 結局ウンコだけして、すぐに出発した。
 養殖場の前は根が点在しており、そこはけっこう大きな波が打ち寄せて危険だったので連日やっているとおり、沖に出てから海岸をなぞって行く。南海岸の白い花崗岩の岩礁ではなく、この辺は妙に赤茶色の岩が剥きだしになっていた。
 空港の前を通過し、いよいよ難所、早崎に突入する。左右色んなところからうねりが入ってきて、非常に漕ぎずらい海を進んで行くが、潮が追い潮なのか、思ったよりも漕ぎ進める。早崎も何とかクリアーできた。
 後日、山と渓谷社から出ている「シーカヤック55MAP」を見ると、このあたりのコースが紹介されており、もっと海岸に近づいて漕いでいれば色々と面白そうなものがあったようだが、この時はとてもじゃないが沿岸に近寄ることはできなかった。
 田代海岸はハワイのノースショアみたいなことになっており、4m近いダンパーがかなり沖の方から出来て打ち付けられていた。うまくいけば上陸しようと思っていたのだが、とてもじゃないがムリ!!死んじゃうって、マジで!!
 さらに沖に出て漕ぐ事にする。沖に出ると根が無くなる為か、波は起きないがとても大きなウネリが起きて、34mカヤックを持ち上げたと思ったら、34m一気に下って行くと言う、なんだかジェットコースターに乗ったような気分になった。しかし目の前の風景はサハラ砂漠の砂丘の上にいるようである。滑らかな海面と、大きなうねりが不気味だ。巨大なエネルギーが派手さはないが凝縮しているような海の上を滑っていく。
 海岸を見るとこの巨大なウネリが波となって磯に叩きつけており、その飛沫が舞い上がって霧状に沿岸を隠している。まるで雲だ。
 この時、台風5号が屋久島の東の海上を本州に向かって進んだ後だったのでこれほどのウネリが屋久島にたどり着いていたのであると後日知る事になる。台風が来ているのは知っていたが、屋久島を通らなかったので安心していた。それがこんな遠くまでうねりを届けるのである。海の状況判断というのは本当に複雑で難しい・・・。もっと座学を勉強しないと。
 うねりがでかいので自分が進んでいるのかどうかよくわからない。とにかく漕いでいると何とか前方に見えていた安房港のコンクリートタンクは近づいてきているようだ。
 1640分、安房港入口に到着。そのまま安房港内を漕ぎ安房川に向かった。
 安房川の桟橋には中山さんがお客さんを連れて帰るところだった。
 「あれ?一周していたんじゃないのか?」
 「ハイ、今一湊からたどり着いたところです」
 「一湊から!?いやーたいしたもんだ・・・!」
 畠中さんにたどり着いた事を連絡する。
 「え!?今日は小瀬田じゃなかったのかヨ」
 「えぇ、まぁ、漕げそうだったんで漕いできちゃいました」
 「わかった、今仕事中だから終わり次第迎えに行くよ」
 そんな訳で安房川をさかのぼり、いけるところまで行ってカヤックから飛び降りた。冷たい川の水が潮まみれの体に心地よい。西部林道沿岸はまだ漕いでないが、とりあえずほぼ一周は完了だ。安房川から春田浜もあっという間に出来るだろう。この日はここで漕ぐのをやめることにした。


5日目
大川→(西部林道沿岸)→永田港
 安房まで漕いだ翌日、春田浜まで漕ごうと思っていたが春田浜の潮が引きすぎてサーフがひどく上陸はムリそうだった。なんだか面倒臭くなり、この区間は漕がなくてもいいや…と思ってしまった。だから、今回の屋久島一周も正確には一周完全にやっているわけではない。まぁ、こまかい事はご了承ください・・・。
 その日、Fと畠中さんと話をしていて「西部林道はどうせなら3人で行こう」という話になった。シーカヤックなどやったことがないと言うFに対し、畠中さんがタンデムで行こうと言うと、最初は渋っていたFも行く事になったのだ。僕も単独にこだわっている訳でもないので一緒に行こうという話でまとまった。
 720日、天気はピーカン!風もほぼなし!最高のツーリング日和となった。
 さっそく大川の海岸まで行き、船を出す。サーフはけっこうあったが前々日に比べれば余裕だ。先に僕が出たあと、畠中、F艇が出発した。
 海上からは正面に口永良部島が見える。さらにこの日は珍しくトカラ列島の口之島まで見ることが出来た。
 この大川の河口から永田までは絶壁の海岸線が続き、上陸するにしてもかなり大きめのゴロタの浜しかない。山には一車線しかない西部林道があるだけで、海も山も手付かずの屋久島の自然が残っている場所なのである。そのぶん、この20q近い距離を一気に漕ぎきらなければならないのだ。途中には立神(たちがみ)や永田岬といった難所も控えている。
 だがこの日の天気は最高で、不安要素はほとんどない・・・はずだった。
 2人を乗せたタンデム艇はかなりゴキゲンに漕ぎ進んで行く。なにしろ畠中さん自身、西部林道を漕ぐのは久しぶりということもあり、かなり楽しみにしていたようなのだ。Fもシロートとはいえ、各種アウトドアスポーツをこなしているのでタンデム艇はグングン進んで行く。
 その一方、僕のほうはシングルのファルトなので幾分相性が悪い。どう考えても僕の方が必死に漕がなければ追いつかないのだ。さらに、それまで荷物満載のカフナを漕いでいたため、舟の安定感はかなりの物があった。ところが今回はワンデイツーリングということもあり、ほぼ空荷で漕いでいたので舟が浮いてしまい、非常に漕ぎにくいものになってしまった。まるで別の舟のようだ!波が来るたびに舟が揺れ、不安定でしょうがない。
 「やっぱり良いなー西部林道!」
 そう言って楽しそうな畠中、F艇はどんどん先を行ってしまう。こっちはたいへんだっつうの!
 立神までは非常にテンパッた感じで漕いでいたが、1時間ほど漕ぎ進むとやっと体が馴染んできて普通に漕ぐ事が出来るようになってきた。潮がけっこう複雑だったということもあったのだろうが、荷物の有無でこれほどまでに舟の印象とは変わる物なのかと驚いてしまった。
 畠中さんが途中でカヤックを下りて泳いでいる。面白そうで、僕もさっきから暑くてしょうがないのでカヤックから飛び降りて泳ぐ。海がきれいで最高だ。
 Fがロングフィンを履いて潜っていった。海底からカヤックの写真を撮ってもらう。
 西部林道のツーリングは思いのほか面白かった。景色も良かったし、何より禅僧のような一人のパドリングに比べれば人と漕ぐのは楽しい物だ。トローリングしながらも漕いだが、ゴミが溜まっている潮たまりではキャスティングもした。シイラがいないかと思ったが、この日は僕に一回あたりがあっただけで魚は釣れてくれなかった。
 永田岬の手前あたりから潮が速くなり、すぐそばを潮筋が走り出した。まるで川だ。
 「なんかいるぞ!」
 Fが叫んだ方向を見るとなにやら海面がざわついて何かが飛び出している。
 「サメがボイルしてるんじゃないか!」
 畠中さんが切り返すが、どうもサメにしては炸裂音がショボイ。やや近づいてきたのでよく見ると、なんとイルカの群れだった。1020頭のイルカがジャンプしながら移動しているのだ。
 「イルカが見られるなんてラッキーだな♪」
 カヤックから海獣類を見るとなんか幸福感に満たされる。屋久島近海では他にゴンドウクジラやマッコウも見ることが出来るそうだ。
 沖には強力な潮筋が走るが沿岸ギリギリはそうでもない。難なく永田岬を通過する。岬の先端には多くの釣人が竿を出していた。
 そこから先は余裕だ。距離はあるが永田港まで一気に漕いで行く。畠中さんは以前ここでサメに会っているので妙に警戒していたが。
 15時ちょい過ぎに永田港到着。用意しておいたクーラーの中に入れたビールを取り出し、3人で乾杯した。3時間半というかなり順調なペースで西部林道を漕ぐ事が出き、風がほとんどなく、暑かったパドリングの後だけにビールがシコタマ旨い・・・!
 屋久島(ほぼ)一周の祝杯のような意味もあり、これで屋久島でやり残した事はほぼなくなった。
 畠中さんが永田の知り合いに電話し、大川まで車で連れて行ってもらい、そこでハイエースを拾って戻ってきた。カヤックを乗せ、僕らは大浦温泉に寄った後、安房に帰った。


屋久島編エピローグ
 そろそろ屋久島を去る日も近づいて来た。
 シーカヤックの旅を終了させた次の日は一湊であった母校の船とは違う、もう1隻の船が宮之浦に上陸しており、そこに乗っている後輩たちと一湊で海水浴をして遊んだ。久しぶりに海の家でかき氷なんぞを食べる。こういうのもたまにはイイ。
 午後はカヤックの片づけをし、お土産を探しに安房の集落をぶらついた。
 屋久島の焼酎、「三岳」は生産が追いつかず、島内でも品薄になっていた。この事実には驚いてしまい、各部落の酒屋に行っていつも探すのだがどこも三岳の棚だけカラなのである。ワンカップのような小さい奴は売っているのだが5合ビンと一升瓶はどこにもないのである。結局5合ビンを一回しか買うことが出来ず、それは島内にいる間に消費してしまった。
 最終日にある酒屋で聞いたら、入荷時間が決まっていて、その時間外に行くと売り切れ御免だそうだ。もっと早くその情報が欲しかった・・・!ちなみにその時間は教えません(笑)
 畠中さんの家に泊まるのも最後になった。結局今回の屋久島滞在でキャンプ以外はすべて畠中さんの家にお世話になってしまった。だから僕は屋久島の民宿の情報がほとんどわからない。
 「いいんだよ、遊びに来ているんだから無駄に金を使うことはない。また屋久島に来てくれて、ついでにお客さんも連れてきてくれれば(笑)」
 畠中さんはそう言って懐を広げてくれた。ありがたい。
 旅人は人の世話になってばかりいるからけしからんと言う人もいるかもしれない。でも、自分の居場所を見つけた旅人は、訪ねてくる旅人に対し非常に寛大で大らかだ。与えられる物はなんでも与えてくれる。自分がお世話になった分、新たな旅人に今度は自分がお世話をする。全国にあるライダーハウスやゲストハウス、安宿はそういう人達に造られた場所が多い。体育会系の先輩後輩の関係と同じだ。
 いずれ僕も与える側にならなければならない。でもしばらくはまだ、いろんな人にお世話になりそうだ。
 最後の夜はちびりと酒を飲みつつ、シーカヤックの話などをして静かに過ごした。
 別れの日、荷物をまとめて畠中さんの車に乗り宮之浦に向かう。畠中さんは今日お客がいたので朝、港に下ろしてもらい握手をして別れた。
 ひょんなことから人と出会い、お世話になり、また新たな出会いの場所に行く。
 自分で言うのもなんだが、「俺って旅しているな〜」と実感してしまった。
 宮之浦にある屋久島環境文化村センターで時間を潰し、13時のフェリーで僕は屋久島を後にした。ターミナルには僕と同じような歳の若者が宿で出会ったのか別れの挨拶をしながらフェリーに乗っていく。今度は屋久島に来る多くの旅人と話がしたい。この島をどう思うか聞いてみたい。僕の感想とどう違うのか。
 鹿児島に渡り、そのまま電車に乗って友人のいる宮崎に向かった。



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