アカヤシオの咲き乱れる山上湖畔を漕ぐ

~奥日光・中禅寺湖~

 

 

 
 仕事の関係で奥日光に行く事になった。
 最初は乗り気じゃなかった。なんといっても山の奥だ。6月からの遠征を考えていた僕は4月~5月は毎週三浦に漕ぎにいき、トレーニングをするつもりだったし、海に行く事ができないというのは想像以上に辛い事のように思えたからだ。
 しかしまぁ、都内のビルの中で働いている自分の方が一年前の自分からは想像も出来ない境遇なのだ。山とは言え自然の中のほうが俺には性に合っていると覚悟を決め、ここは一つ山の遊びでも覚えて帰って来れれば上等だろうと考えてみた。

 

 そんなやや嫌がったような感じだったものの、実際日光に行ってみるとこれが絶妙に自分の性にあっていた。
 だって、毎日仕事の後は呑みに付き合わされ、休みの日や仕事の後や前に近くの山に行き山菜を採って、川や湿原や山を歩き回って、暇を見ては釣りをやっていればどう考えたって楽しいに決まっているじゃないですか!!(笑)
 地元の人間の山菜採りや鹿撃ちの話、キノコの話などを聞くのも山を知らない自分には興味深かったし、そのような自然の中での遊びが普通に生活の娯楽になっている田舎というのは、まったく自分好みだったのである。 あまりにもしつこい田舎独特の人間関係、馴れ合い、付き合いは辟易したが日光から帰ってきた僕は山の知識と腹回りの贅肉は蓄えられたのだった(毎日呑んでいたから働いても腹は出るわ・・・)。

ほぼ満開のアカヤシオ、シロヤシオに混じり、トウゴクミツバツツジも五部咲き

 そんな仕事も終わる間近のある休日、寝泊りしていた場所の近くにある中禅寺湖を漕ぐ事にした。
 中禅寺湖は湖の半分が禁漁区になっていて釣人が釣りをする事ができない。それは湖岸はもちろん、ボートで釣りをする人も同様である。入江の中にある砂浜以外は岩山に囲まれていて、湖を一周する遊歩道があるにはあるが、結構高いところを通っていたりする。
 季節はちょうど山ツツジの時期。日光はまさにアカヤシオ、シロヤシオの最盛期だった。
 カヤックでしか見れないツツジの花もあるはずだ。トレーニングの意味合いもあったがせっかくだからとカヤックを組み立て、何回か漕ぐ事にしたのだ。
 
 5月27日。
 早番の仕事の後に何回かチョコっと漕いだ事はあったものの、ツーリングというほど漕いだ事はなく、丸々休みを取った僕はこの日に一周しようと目論んだのである。 ところが連日の呑みと早朝からの仕事で疲れていた僕は寝過ごしてしまい、出発は結局1時。天気も悪く、話では雷がなるという情報まであったので一周は諦め、禁漁区を半周する事にした。
 
 湖の北岸、禁漁区の始まりがある菖蒲が浜から出発した。
 風は東から吹いているが雲は西から東に動いている。曇り空。嫌な空気濃厚だ。 しかしいざとなればどこかの浜に上陸してやり過ごせばいい、カヤックを置いて歩いてくればいいと決めて湖の西の端にある千手が浜をとりあえず目指した。
 風は後から吹いてくれるので追い風、追い波にのってスイスイ進む。
 菖蒲が浜のキャンプ場近くは湯川からの土砂で海で言えば河口干潟のように浅くなっている。これを遠巻きに交わし、湖岸を目指すと緑色の山の中にところどころ混じるピンク色の花が見えてきた。
 アカヤシオだ。
 その紅色に交じって白いシロヤシオも見れる。 その紅白の花と新緑の萌黄色があいまってナントもカンとも見事だ。その花や葉が絶壁の岩の隙間から出ている様はまさに山からでは観れないカヤックならではの景色であった。
 
「このツツジの花は俺しか見れないんだろうな~、ウヒョヒョ!!」
 

 そう考えると、カヤッカ-の特権である水上からの花見が非常に痛快に思えてきた。あいにくの曇り空だが、これがいつもの晴天下であったとすればとてもたまらない物があるだろう。湖のシーカヤックもなかなかいい。
菖蒲ケ浜出発。男体山が背後に
アズマシャクナゲ
 

 だがここにきて嫌な雰囲気にもなってきた。
 雷鳴が聞こえてきたのだ・・・。まだかなり遠くだが、確かにこの近くで雷がなっているのは確かなようである。 
「まだ引き返すには早いな・・・。千手が浜まで行ってとりあえず様子を見よう」
 そう決めた僕は追い風に乗って一気に千手が浜を目指した。
 千手が浜は中禅寺湖の西岸にあり、昔は西洋人の別荘があって彼らが当時まだ日本では珍しかったフライフィッシングをしつつ避暑地として利用していた場所だ。この別荘は今でもあるが利用はされていない。また一般の車輌は現在進入できないようになっており、ここに来るには竜頭の滝の先の県道から歩いてくるか、低公害バスに乗って来るしかない。そんな場所にスイスイやって来れるのもカヤックの魅力だ。 ここにはクリンソウの群落があり、この花がちょうど咲くか咲かないか・・・という時期だったのである。写真でここの群落を見た僕はとりあえずその花を見たかったのである。 千手が浜は桟橋を工事しているようで、けっこう土木屋が作業をしていた。ハイカーもけっこういて浜に上陸して歩道を歩いていると挨拶をする事も度々だ。
 

千手が浜の森の中はツワブキのような植物に覆われていた
アカゲラ(キツツキ)を生ではじめて見た
 

中禅寺湖にそそぐ川は湯川を除き全て禁漁。イワナ、ブラウン、ヒメマス、ニジマス、ホンマスなどの遡上が確認されている。

 あいにくクリンソウは咲き始めたばかりといった感じで、まだ咲いている株も極わずかだった。さらにクリンソウは花が咲くとさらにその上に伸びてまた花が咲き、一段、二段、三段と咲くことになり、それが群落全部そうなるとナントも壮観な風景になる。沢沿いや湿地などに生えるらしく、流れる水のそばで群落が濃い紫や黄色、白などに咲き誇るととても見事だ。出も今回はまだ早すぎた。今年(2005年)は例年にまして涼しいので開花が遅れたようだ。
 しばらく湖岸を歩き、ニリンソウやサクラソウの写真を撮ったり、アカゲラの後を追ったりしたが、いっこうに天気は変わる気配がない。 風は向かい風になるが大丈夫だろうと腹をくくり、カヤックに乗り込んで湖の南岸に向かって漕ぎ出した。

 最初は向かい風に悩まされたが、岸近くの入江の中に入ると風は大して気になる事はなく、むしろ恐ろしいくらいの無風状態となった。
 松島のような岩礁帯からはいでるカラマツやツツジ、シャクナゲの花が綺麗だ。鏡のように凪いだ湖面にオシドリが飛来する。 
 
「たまらんな~中禅寺!なんでカヤックやらないんだろうな~」
 
 そんな事を浮かれながら言って漕いでいると、再び雷鳴が響き始めた。 
「ゴゴゴゴ・・・」
 さすがに焦りだした。どこかに上陸してビバークしやり過ごすか・・・。それとも今のうちに湖を横断して対岸に渡り菖蒲が浜に戻るか・・・。
 静かな湖岸を漕ぎながら雷鳴のする間隔を聞きつつ漕ぎながら考えていたが、ビバークしてずぶ濡れになってジットしているのは厭なのでまだ大丈夫だと思い、一気に対岸に渡ることにした。
 目標に漕いでいた岬にたどり着くと進路を北にとり、対岸、つまり湖の中心に向かって漕ぎ出した。雷鳴はするものの、まだ雨も降っていないし遠いはずだ。雲もそんなに厚くはない、大丈夫だ・・・。そう言い聞かせて漕ぎ出したのだが、山の天気は人智を越えてすばやく変わる。
「ピカッ!」
「え??」
 空が光った。それからしばらくして「ゴゴゴ・・・!」という、今までの音とは違う、遠くで雷が落ちた時の音がした。
「ヤバイ・・・!判断ミスか・・・!?」
 この湖横断の判断が早かったのか遅かったのかはともかく、ちょうど湖を1/3ほど漕いだところで空の様子は一転し、雲は厚くなり雨が降り出してきた。ポツポツの雨は次第に強くなってきて、東から吹く風も次第に強くなってきた。波もかなり出てきた。
 それからはもう、全力疾走だ。それまでの「オチャラケ漕ぎ」から体勢を前にしてパドルを縦に突っ込み、渾身の力で漕ぎ始めた・・・! そこらじゅうで鳴り出した雷に僕は恐怖し、「死にたくなかったら漕げ漕げ漕げーッ!!」と気合をいれて漕ぎまくった!閃光が走る度に縮み上がり、ヒィーヒィー言いながら漕ぐ。なんともスパルタなトレーニングになったもんだ。僕は雷がモノすごく苦手なのだ!湖上で一人ポツーンとカヤックを漕いでいる図を想像するだけで生きた心地がしなかったよ!
 後半は風もかなり強くなっており、波で何度もバランスを崩しそうになるも、対岸が近づいてきたことに安心し、少しペースをさげて湖岸をトレースするように漕ぎ、近くにあったホテル前の浜に上陸した。
 息を切らしながらヨロヨロと倒木に腰かけて天気が回復するのを待った。
 上陸してからはますます天気は悪化。雷が近くで落ちる音が何度もしたが、感じからして真上にくる事はなかったようだ。ただ、対岸が見えないほどの雨が降り出し雷がならなくなった事を確認してから再びカヤックに乗り、出発した菖蒲が浜に戻って近くに隣接するキャンプ場の前で缶コーヒーを飲みつつ雨がやむのをまった。
 やれやれだ。
 僕がカヤックを漕いでいるのを遠くで見ていたのか、中禅寺湖漁協の知り合いやキャンプ場の管理人さんたちが寄ってきてしばらく話をしていたら雨はやんでいた。

 正直もういいかと思っていたのだが、それまで吹いていた風はピタリと止まり、湖は鏡のようになっている。雷鳴ももう聞こえない。時刻はすでに4時をまわり5時に近かったがあまりのグッドコンディションに再び艇を出した。
 この選択は正しかった!先ほど湖を横断したポイントまで戻り、南岸を禁漁区が途切れるところまで漕ごうと思ったのだが、先ほどの怒涛の横断とは違って今回の横断は非常に神秘的な感じで気持ちがよかった。
 パドルが水をかく音しかしない、静かな鏡のような湖面。
 雲と雨によって擦れた様な山々の風景はたまらない物が合った。
 静寂が包む湖畔を漕ぎ、禁漁区が途切れるところで釣人に出くわし湖の中心に向かって漕ぎ、再び横断。マスが背鰭を出して泳いでいるのを何度か目撃した。
 県道に流れる車のテールランプを見ながら薄暗い湖面を漕ぎ進む。カヤックよりも遅いスピードで船外機がヒメマスをトローリングで狙っている。
 6時ちょうど、菖蒲が浜にたどり着いた。
 
 雷にはあったものの、海に比べれば湖のカヤッキングは楽だ。風さえ吹かなければこれほど楽な物はない。
 ただ、これまで湖のカヤッキングというものがそれほど面白い物なのか疑問だったので、今回の経験はとてもよいものになった。
 川のように流れていく物でもないし、景色があまり代わり映えしなくてつまらないだろうと思っていた。海に比べれば水温が低いということを除けば安全な物だし、閉鎖水域で開放感に欠けると思っていたのだ。
 だが湖は湖で様々な表情があるし、カヤックでしかいけない入江の中に隠れた、そして綺麗なビーチも存在する。何より淡水だから塩害を気にする必要もない。
 様々な花に囲まれ、包まれた湖のツーリングを経験し、これはこれでありだなーと、思いましたね。
 
 皆さんもファルトボートをお持ちなら一度新緑のツツジが咲き乱れる中禅寺湖を漕いで見るといいですよ!あの景色は本当に最高です。

PS:ちなみに中禅寺湖では釣りが出来る水域でもカヌー、カヤックからの釣はできません。遊漁料を払ってもダメだそうです。僕がトローリングをしなかったのはそんな理由です