第十二章 旅を終えて

 

エピローグ

 
 917日、羅臼の漁港でお祭があり、これに会わせて札幌のKさんとその友人に車で遊びにきてもらった。 
『漁火祭』と名の付いた祭は海産物が格安で手に入り、イクラ丼やイカの刺身がタダで振る舞われるという、貧乏旅行者にはありがた~いお祭だった。
 せっかく来てもらったので翌日は午前中、宇登呂側まで行き、知床五湖に観光に行き、再び羅臼に戻って炉辺焼を楽しんだ後、野付半島、摩周湖などによりつつ札幌まで送ってもらった。
 寄り道をしたり、途中仮眠をとったりしたので、札幌に着いたのは羅臼を出発してから20時間後だった。
 Kさんの友人と別れたあと、昼食を食べに行き「札幌に来たならスープカレーですよ」と、あまり馴染みのないスープカレーを食べる。学生街の中にあるお洒落な店に、土木工事現場の兄ちゃんのような格好の僕は、とても浮いていたと思う。
 Kさん宅に置いてあった僕の荷物を整理し、カヤック一式は実家に送ってしまった。バックサック一個にパドルと釣竿、銛の入った長い物を持ち、Kさんのはからいで大洗行きのフェリーが出る苫小牧まで送ってくれる事になった。
 予定していたフェリーは土日の祝日かぶりで出ないことがわかり、少し料金は高くなってしまったが、とりあえず今日の便で帰れる事は確かだった。チケットを取り、Kさんには暇を潰す為にと苫小牧の駅まえで降ろしてもらい、今度、東京で会ったら倍返しでお礼すると言って別れた。
 秋の装いが見え隠れする苫小牧の街をさまよい、僕は深い感傷に浸っていた。
 暇つぶしにと本屋で立ち読みをしていたのだが、実用書コーナーで本を物色していると、なんとも『お先真っ暗』系の内容のものばかりで、金なし無職の僕には精神的に重苦しいものがあった。
 経済も駄目、環境も悪化、政治もフラフラ、力をつけはじめる隣国、無気力な若者達・・・。
 いったいこの先、日本はどうなっちまうんだ?
 そういう内容の本をチラチラめくっていると、「こんな時代に何、俺はカヤック漕いでうつつを抜かしているのだ??」と、自分のやっている事の生産性の無さ、意味の無さに滅入ってくる。
 この旅を始める前は、自分のやりたい事で頭がいっぱいになっていて、実際やっている最中も楽しくてしょうがなかった。だが羅臼で新谷さんに自分の将来の事を指摘されたことにより、現実に引き戻されていく事を実感しつつあった。
 漫画雑誌を読みふけり、余計な事を考えるのを止した。
 大洗からはバスに乗り水戸に向かう。
 水戸の駅は奇抜な服を着た若者や、スーツを着こんだ大人達が闊歩していた。札幌も大きな町だったが、まだ旅人の空気も漂っていた。水戸は完全に地方都市のそれだった。
 JRで柏まで行き、そこから東武野田線に乗り換えて実家にたどり着いた。
 
 今まで、何回旅に出かけ、そして何回、家に帰宅したのだろうか?
 バカデカイ荷物を背負って。
 
 家に入ると馬鹿イヌが散歩に連れて行けと攻め立てる。「わかったわかった」と荷物を下ろし、疲れていたが釣竿をリードに持ち替えて散歩に出かけた
 雨が降っていたのか、いつもの散歩道はしっとりと濡れていた。
 

 あの旅が終わってから、もう4ヶ月も経とうとしている。
 年内にも報告を終わらそうと思っていたのだが、訳あって年も越えてしまった。何だかずいぶんと昔のようにも思えるが、まだまだその名残も残っている。
 11月のある週、北海道の新谷暁生さんがシーカヤックのイベントで関東に来るというので、関東に来れる人だけであったが、73回目の知床EXPEDITIONに参加した人たちの同窓会が行われた。北海道のHさんも会社の出張を理由に駆けつけ、ナオさんもわざわざ名古屋からバイクに乗って下道で駆けつけて来てくれた。僕もせっかくだからと屋久島でも一緒だったFと魚を獲りに行き、なんとか酒席の肴を増やす事に貢献できた。
 テレビ局で働いているF寺さんが編集した動画や、スライドショーが上映され、久しぶりに会う皆や、新谷さんの関東の友人知人が集まり、なんだかとんでもない賑やかな集まりになっていた。
 新谷さんとはあまり話が出来なかったが、多くの人と話が再びでき、当時はわからなかった事や暴露話などが飛び交い、話は深夜まで及んだ。酒も良く飲んだ。朝起きると僕は場所を提供してくれたF井さんの家のテーブルの下でシュラフに包まって眠っていた。
 最年少の参加者だったH田君はこの数日後、新谷さんの宿、「ウッドペーッカーズ」で働くために北海道に旅立った。彼も僕のように新谷さんから何かを得ようとしているのだろう。スノーボードが好きな彼には雪山での生活も耐えられることだろう。
 72回の知床で会ったPACEさんとも、のちにネット上で再会した。僕の報告を自分のブログ内で紹介してもらい、非常にありがたかった。予定がなかなか付かないが、いずれ遊びに行きたいと思う。

 12月に福岡で働く事になり、その出発前に徳島で一仕事する事になった。
 そのついでに小豆島により、芳地直美さんに預けていた三線を取りに行く事にした。
 小豆島はすっかり冬っぽくなっており、僕が来るという事でMさんが迎えに来てくれ、Yさんも泊っていたライダーハウスに遊びに来てくれた。ちょっとのつもりだったのだが、わざわざみんな集まってくれ、当時の話をして談笑したのは楽しく、嬉しかった。
 徳島でも前を走っている車にチョキ銛が積まれているのを運転しているFが発見し、後で電話をしてわかったのだが、高知で出会ったらくださんと毒魚Mさんだった。人間、どこですれ違っているかわからないものだ。
 正月明け、働いていたみかん農家の人達と屋久島に行く事になり、そこで時間があまりなかったものの、お世話になった畠中さんにも再会する事が出来た。
 ごくわずかな時間だったが、顔を合わせることができてよかった。
 その他にもこの旅が終わって帰ってきてからも、旅で出会った多くの人から連絡が入ったりして来ていた。
 西表島や沖縄、屋久島で出会った人たち。奄美大島のシーカヤックマラソンで出会ったSTカンパニーの人達を始めとするシーカヤッカー達。魚突きのサイトで知りあった多くの人との対面。小豆島のツアーに参加してくれたN木さん一家、知床で知りあったカヤッカー達・・・。
 旅の醍醐味である『出逢い』というものを堪能するには十分すぎるほどのものだ。
 だが、横のつながりをたくさん持ったからといって僕自身が変わるわけではない・・・。

 
 
 何をしていいか、わからない。
 何からしていいのか、わからない。
 何になればいいのか、わからない。
 
 そんな多くの若者達にとって、旅というのはとっても簡単なスケープゴートだ。
 旅にでれば、何か自分で「やっている」という充実が得られるからだ。生産的な事をやっていると。
 だが、実際は遊んでいるだけの事である。そのことに気付かない者は、気付いた頃には社会に順応できない、ただの浮浪者となっている事だろう。
「出逢いがあるから旅に出るんだろう?」と旅好きの人は言うかもしれない。人と出会うことで自分が変わっていくのならば、それはそれでいいではないかとも…思うだろう。
 確かにこの旅で僕は多くの出逢いを得た。多くの友人をつくり、多くの恩人を作り、そして多くの借りをつくった。
 その多くの借りを返す事が出来るようになるには、そろそろ僕は旅を止める時期が近づいてきているのだと思うのである。 
「多くの出会いがあるから、僕はまた旅に出る」
 そんな腑抜けた事を今更言うつもりはない。これ以上恩を作ってどうするというのだ?

 
 …だけど。
 だけどだ。
 
 旅をしなければわからない世界もある。

 人と同じ場所、同じ時期に行ったとしても、そこに訪れる自分の考え、状況、年齢によって、旅の現場で感じるものは異なってくる。
 僕の場合、今回の旅はシーカヤック武者修行のような意味合いもあり、そういう意味では西表島での「南風見ぱぴよん」、屋久島の「サウスアイランド」、小豆島の「島風」、北海道の「ノーザンアドベンチャーカヤックス」でのツアーの手伝いは様々なショップのツアーのやり方を見る意味では実用的であった。
 屋久島、知床という、日本の世界自然遺産の2つをまわる事で、そこで行われている自然環境保護と観光、そして住民との関係を生で知る事が出来たのも大きかった。
 西表島という、かなり自然が残っている島でカヤックを覚え、仕事をしていた頃から自然環境を残そうと躍起になる外部の人間達と、現地の住民、または外部からやって来る自然を売り物にしようとする観光業者や地元の有権者と、地元の個人経営観光業者などの関係などに興味があった僕には、この二つの世界自然遺産の土地で起きている問題を知り、地元の人達から話を聞いたり、自分の目で現場を見たりしてきたのは有益だった。
 僕は必ず旅をするにしても何かしら目的を持つ。
 旅雑誌で書かれているような、のんびりした、ただ時間が流れて行くのを楽しむような旅をする気にはなれない。そんな身分ではない。
 カヤックの旅に関しては確かに遊びの意味合いが濃いかもしれない。事実、その技術的なことや考え方はとても冒険でも探検でもなく、遊びの域でしかない。
 だが、旅自体に何も目的がないわけではない。出会う人との交流だけを楽しんでいるわけではない。そんな(限られた若い時代の)時間を無駄にするような行為をするほど(まったくの無駄…ではないけれど)、僕は将来に絶対の自信を持つような愚かな男ではない。
 社会的にやるべき事を行うことは重要。
   だが、社会的な責任がない、生まれない今だからこそできる事もある。
 今しかできない旅がある。
 今回の旅は僕にとって、今しかできない、今だからできる、今やらねばならない、今知らなければならない事を探る旅だったと思う。
 確かに僕がやっている事は、今現在、社会的意義はまったく無く、何の役にも立っていないかもしれない。だが、僕自身の知識と言う財産にはなっている。それは多くの恩を借りてでも、実現してよかった旅であったと思う。 
 
 この旅でお世話になった方々、心配してくれた方々、応援してくれた方々、出会った方々、ご指導ご鞭撻をくれた方々・・・。
 何よりこの報告を読んでくれた皆様。
 深く感謝いたします。
 それこそが、この旅を行った唯一の人様に貢献できた意義かもしれません。
 
ありがとうございました!

2006年1月9日
bajau  赤塚

装備一覧

 

パドリング時のウエアー



 

 今回の旅は夏だったのでパドリング時は海パンに化繊Tシャツで、PFDをしてキャップをかぶりサングラスをしただけである。風が強かったり陽射しが強烈な時はキャップの上からタオルを巻いた。キャップだと首周りが日焼けでひどくなりそうだが、髪が長めだったし、このタオルで気にならなくなる。腕の日焼けも沖縄で一日ひどく傷めたが、あとは大丈夫だった。ただし僕はもともと地黒だし、西表島から順々に陽射しに慣れていっていたので一般的にはラッシュガードなどを着たほうがいいと思う。
 でもやっぱり暑いよな~。沖縄、屋久島では海水をかぶり、ビルジーでかき出しながら漕いだ。

 これで小豆島まではOKだったが、さすがに北海道の知床ではそうもいかなかった。本来はパドリングジャケットがほしい所だが、旅の都合上、レイントレッカー(雨具)で代用した。おかげで陸の上で着るアウターがなくて困った。パドリング時と陸の上ではアウターを別にしたほうが快適に過ごせる。
 その下には海が凪いでいるときは海パン一丁で済ましたが、73回目の知床の時はウエットスーツのロングジョンを履いていた。おかげでション便には苦労したが、思う存分体温の低下を恐れずレスキューができた。

 足回りは便所サンダルでよかった。昔からこれだし、変なシューズよりもゴロタの上で滑らず、コクピット内でも脱げて気持ちがいい。しかしこれもさすがに知床ではダイビング用のミューシューズを履いてパドリングシューズの代用にした。しかしこれもグリップが今一つで所詮はフィンを履く為だけの靴だ。パドリングシューズの購入を考えた。
 

ダイビング装備

 
 ダイビングといっても僕はスキン(素潜り)しかしないので格好としてはフリーダイビングの格好を想像してもらうのが早い。
 西表島であまりの荷物の多さと、2ピースで潜って気持ち悪くなるほど熱かったので、「かぶり」と余りのウエイトは高知の友人宅に送ってしまい、屋久島までは下はロングジョン、上はラッシュガードを着て潜っていた。これで沖縄(6月)、屋久島(7月下旬)なら3時間、奄美(7月上旬)で2時間は潜れた。
 魚を獲る為深く(10m以上)潜る時は水温が下がるのでウエットがないとキツイが、それより浅い所でのシュノーケリングでは北海道以外、Tシャツ海パンで事足りた。
 高知、小豆島、隠岐諸島(どれも8月)ではかぶりをつけないと結構寒い。ただし3㎜、もしくは5㎜でも1ピースでよかったと思う。
 2ピースは色々使い分けられるが、今回のような長期的な移動で使うのならば1ピースのほうがかさ張らず、よかったと思う。ただし北海道ではロングジョンがパドリングウエアーにもなったので何とも言えない。潜りもカヤックの楽しみにしている人には結構考える選択だと思う。

 通常カヤックの旅ではストラップフィンを持っていくが今回はロングフィンを持っていっていた。
 多少カヤックの上から履くにはキツイが、できなくはない。もしくは飛び込んでから履けばいい。ただし乗り込んでから脱ぐのがシンドイ。僕はこの時、無理に脱いでしまってフィンのフットポケットを奄美で破ってしまった。同じような素材だから大丈夫だろうとカヤックの船体布用のAquasealを用いたら、案の定うまくいってくっ付いた。今もそのまま使用している。



カヤック用品

カヤック 

feathercraft :カフナexpedition

メインパドル 

NIMBUS :グリーンランドパドル(もう売っていないからぶっちゃけ言うが、あまり良くない)

予備パドル

feathercraft :コーモラント

スプレースカート

feathercraft :ナイロン

PFD

Tracksオリジナル

ビルジーポンプ

Scotty :ベクソンポンプ

スポンジ

車洗浄用

チャートケース

中身はチャート(海図)ではなくマップ(地図:国土地理院の50000分の一)を用いた

コンパス

シルバーコンパス

カート

feathercraft :パックカート

修理・メンテナンスセット

Boeshield T9、Aquaseal、Cotol-240、予備船体布各種etc・・・ダクトテープカヤック用ではなく市販の水道管修理用

ドライバック

seattlesports :エクスプローラードライバッグMD(20リットル) ×2
FISHERMAN :ドライバック ×1 feathercraft :おまけについてくる奴 ×1

偏光グラス

石垣島の釣具屋で3000円で購入。メーカー不明

キャップ

ぱぴよん時代からの相棒。もはやボロキレ

海パン

Patagonia :リバーショーツ (唯一のパタゴニア)

キャンプ関係

テント

DUNLOP :R-324

タープテント

mont-bell :ミニタープHX

スリーピングバック

DUNLOP :スリーピングバック

エアマット

DUNLOP :エアマット

ストーブ

MSR :ウィスパーライトインターナショナル

燃料ボトル

600ml×1、900ml×1 (赤ガス、白ガスをごちゃ混ぜ)

コッヘル

snowpeak :SCS-010F

調味料セット

しょうゆ、塩、砂糖、サラダ油、本だし、ワサビ、ショウガ

水中ライト

TOSHIBA

ヘッドランプ

National :BF-262

剣鉈

兼常作

出刃包丁

木屋作

包丁

snowpeak :フィールドサシミ

フォールディングナイフ

バック :スカウティングナイフ

アーミーナイフ

WENGER :スイスチャンピオン

レインウエアー

mont-bell :レイントレッカー

まな板

屋久島でもらう

金網

地味で忘れやすいが重要

バックパック

LOWEALPINE :contourⅣ(90+15)

ロウソク

ランタン代わり

軍手

アラスカで購入したカッコいい奴

水タンク

CascadeDesigns :platypus6L

日用品

着替え

化繊シャツ×3、化繊ロンティー×1、化繊パンツ×2、木綿シャツ×1、木綿ロンティー×1、ソックス×2トレーナー羅臼で購入

タオル

奄美シーカヤックマラソンでもらった物

洗面用具

歯ブラシ、髭剃り、シャンプー、石けん、ワックス、粉石けん

サンダル

便所サンダル

トレイルランシューズ

salomon

トートバック

街歩き用と食料入れ用の2つ

100円ライター

3個くらい常備

ガムテープ

紙ではなく絶対布製

裁縫セット

針と木綿糸

携帯電話

特に防水ではない

携帯ラジオ

SONYの小さい奴 

予備電池

各種単一×4、単三×6、単四×8

携帯電話充電器

コンセント用と電池式の奴の二つ

ファストエイドキッド

Equipment参照

ジップロック

一箱分

ゴミ袋

10枚くらい

トイレットペーパー

芯を抜いてジップロックに入れておいた

細引き

10m分

貴重品

財布、現金、カード類、銀行通帳、保険証コピー

コンタクトレンズ

ワンデーアキュビュー2か月分

漁具

釣竿

UFMウエダ :ソルティープラッガーSPS962

リール

ダイワ:エンブレムX4000iT(PE3号) ※宮崎にあることが判明
シマノ:バイオマスター3000(PE2号) ※高知でエソマスターさんから借りる

釣具各種

現地で購入

ルアー

各種ハードルアー(メタルジグ、ミノー、餌偽)のみ

リーダー用ライン

各種40lbライン一巻、10号のハリス一巻、2号のハリス一巻

手銛

3m自作チョキ

手銛修理セット

予備チョキ銛、エポキシ樹脂、ケブラーライン、ダイ二-マライン、ビニールテープ、金ヤスリetc…)

三点セット

マスク、シュノーケル、ロングフィン(Equipment参照)

ウエットスーツ

5㎜・2ピース Equipment参照(注:西表島から屋久島まではロングジョンのみ)

ウエイト

7.5㎏ (注:西表島から屋久島までは4㎏)

スカリ・ブイ・ロープ

Equipment参照

ダイビングナイフ

メーカー不明。鞘がすぐに壊れるのでテープで補強

シューズ

ミューブーツ

グローブ

商品名アクティブグリップ(これはオススメ)

記録

デジタルカメラ

OLYMPUS :μ-40DIGITAL

水中ハウジング

OLYMPUS :PT-026

メモリーカード

XD-PICTURECARD 256MB ×2

バッテリー充電器
三脚

Velbon :light D25-D

筆記用具

シャーペン、ボールペン、修正液、消しゴム手帳無地の日記帳とスケジュール帳

娯楽

三線

石垣島野原三味線(マーチンバックパッカーのソフトケースに入れて携帯)

食料

米、パスタ、マルタイラーメン、インスタント味噌汁、サバの水煮、それ以外は現地購入お茶セットインスタントコーヒー、練乳、紅茶パック

芳地直美著「タムタムアフリカ」山と渓谷社
ステンベルクマン著:加納一郎訳「千島紀行」朝日文庫
小泉武夫著「食の堕落と日本人」小学館文庫
村上春樹著「海辺のカフカ・上」新潮文庫
新谷暁生「バトル・オブ・アリューシャン」須田製版 etc…