カヤック背負って初・海外旅行
アラスカ グレイシャー・ベイ編

2004年9月14日~20日

 

 
「ブシューッ!!」「ブォッ!!」 「おっ。朝から元気がいいねぇ」

 朝、起きると辺りは海鳥の声に包まれていた。キリッとした早朝の空気の中、半分寝た頭でビーチサンダルをつっかけ、波打ち際に向かう。
 潮溜まりができている前で、おもむろにズボンを下ろす。ケツを出してしゃがみこみ、全身の筋肉を弛緩し、生き物として当たり前の行為を行う。ムール貝に覆われたゴロタ場に湯気が昇る。
 そんな行為を気の抜けた顔で堪能していると、突然目の前の海に水柱が吹き上がった。ものすごい音とともに吹き上がった潮は風に乗って霧のように消えていく。野グソをしている俺の50m先にクジラがいるのだ。 「なんだかな~」 ここは北米大陸の北西、東南アラスカにある国立公園、GLACIER BAY NATIONAL PARK。アラスカの州都、ジュノーから西へ数十km離れた村、Gustavusのふもと、Bartlett cove を入口にもつその湾は大小16の複数の氷河が流れ込む、世界でも珍しい湾で1992年、アラスカで唯一、ユネスコの世界遺産にも登録された氷河の後退によって削られてできた国立公園だ。
 2004年9月。僕はこの湾でカヤックを漕ぐ為、わざわざ愛艇、フェザークラフト社のカフナを持参してカナダ経由でアラスカに入った。ここまでの道のり、またはトラブルはこれから書いていく「旅行記」、もしくはカナダ編を参考にしていただき、ここではとにかくまず、この素晴らしいフィールドでの6泊7日のカヤックの旅を紹介したいと思う。 しかしまた、何で数あるアラスカのカヤックフィールドの中でこのグレイシャーベイを選んだか・・・。そして何故アラスカなのか。
 その話を参考までにしておこう。
 

何故男は荒野を目指すのか!?

 
 高校生のとき、人生の中で必ず行ってやると思い描いた土地がある。
 まず一つは日本の沖縄県、西表島。
 日本の気候とは思えない、その亜熱帯の気候が生み出した手付かずの自然、そして海に生える不思議な木、マングローブ。そのマングローブ林の森の中に浮かぶのが第一の夢だった。これは無事、大学生の時にかなえる事ができた。飽きるくらい。
 もう一つは南米アマゾン、パンタナル大湿原。開高健の「オーパ!」を読んだこともあるが、それ以外の本や、ドキュメンタリー番組でも黄金の魚、ドラードが紹介され、このムチャクチャな生態系の中でルアーを投げたら、何が起こってしまうのか!?考えただけでも顔がニヤける。釣りでなくてもそのダイナミックすぎる生き物のバイタリティーはただそこに存在するだけで驚愕を招きそうだった。
 さらにもうひとつ、東アフリカ、マダガスカル。「バオバブ・ロード」と呼ばれるバオバブの生える砂漠に一本伸びた道がある。あそこを歩きたい。あのおかしな木に見惚れたい。太古の大陸、パンゲアを彷彿とさせるその生態系の独特さは目を見張る物がある。シーラカンスを釣ってみたいという、今考えれば馬鹿げた事も考えていた。このマダガスカルは僕に旅の面白さを教えてくれた先輩が行き、なんとなく僕も行ったような気分になってしまった。
 そして最後の一つが、そう。アラスカであった。
 当時、地理の授業で、ある土地のレポートを書く宿題が出され、野田知佑さんの本にのめり込んでいた僕はアラスカをやる事にした。その資料用に図書館で借りてきた本の中にあったのが、その後の僕の人生を変えたと言ってもよいほど衝撃だった本、星野道夫さんの「アラスカ 光と風」だ。
 アラスカに興味がある、、もしくはアウトドア雑誌などを読む人ならこの人の名前、写真は一度は見たことがあるはずだ。アラスカに行った時、会う日本人はみんな、星野道夫さんを知っていた。当たり前といえば当たり前かもしれない。
 この本を読んで僕は、アラスカという土地とともに、この当時まったく知らなかった星野道夫という男の生き方に惹かれてしまった。こんな思いきった生き方をする人間がいるのか、やってもイイのか、できるのか!と、いうことがとにかく衝撃的だったのだ。
 高校を卒業し、浪人生だった僕はとにかく学生時代のうちに必ずアラスカに行こうと考えた。そしてアラスカに行けば星野さんに会えると思っていた。とにかく会いたい。会って話してみたい。ただ単純にそんな漠然とした事を、無意味に強く念じていた。ところがこの年の夏、忘れもしない8月8日に星野さんはワタリガラスの伝説を求め、アラスカを離れNHKのドキュメントクルーと共にカムチャッカに行った時、熊に襲われて他界してしまった。
 その死に方、その理由、その事実、全てが衝撃だった。
 星野さんの死後、彼の写真、書籍、映像がマスコミによって多く出回り、知れ渡った。それはそれで嬉しいが、その当たり前の成り行き、そしてごくわずかな文をかき集めて、無理やり作ったような本が多数発行されていく事がとても腹だたしかった。
 しかしそんな事はどうでもいい。とにかく、この男が人生を奉げてまで写真に収めようとした土地、アラスカとは一体どんな場所なのか?俺にも何か強力なインスピレーションを与えてくれるのか?行くしかない、俺も行くしかない。
 西表という島にとり付かれた経験がすでにある僕には、土地が人に与えるエネルギーの存在を意識していた。とにかく行かなければ死ぬに死ねない。学生時代を西表島に捧げてしまった僕は卒業してもアラスカへの思いが消えず、定職にも着かずに生活し、そして今こうしてアラスカに行く事ができた。 確かにもともとサバイバルなキャンプ、冒険がしたい、本当のバックカントリーの中で生活したいという考えも持ち合わせていたが、なんとなく僕には使命感に近い、アラスカという土地に行くことに思いを込めていた。だから今は「本当にアラスカに行ったんだな・・・行ってしまったんだな・・・」という漠然とした焦燥感を感じている。 星野さんの写真の中で森の中でムースの角が苔に覆われている物がある。
 「え?こんな苔が生えているような森も、アラスカなの?」
 アラスカの一般的なイメージは「エスキモー」のようで、氷雪、ツンドラ、カリブー、エスキモーのイグルーというイメージが強いようだ。僕も実際、昔はそう思っていた。だが、カナダとの国境に近い東南アラスカの海岸はアリューシャン列島の南を回ってきた黒潮が寒気と山脈にぶつかり、大量の雨を降らす。そのため他のアラスカと違って比較的温暖で雨が多く、そのため森は苔に覆われる。その森の景色が僕にはとても馴染んだ。アラスカに行くなら、ここがいい。そう思ったのだ。実際、アラスカでカヤックをやるというと野田さんの影響の為か、どうしてもユーコンのイメージが日本人は強い。僕も確かにユーコンは下ってみたいが、僕はシーカヤッカーだ。どうせなら海を漕ぎたい。それならば東南アラスカ、フィヨルドによって囲まれたクジラやオルカの集まるインサイドパッセージを漕ごうじゃないか!そして目星がついたのが、そう、グレイシャーベイというわけなのである。

 あー長かった。ここまで来るのに・・・。
 とにかく星野さんもカヤックに乗ってグレイシャーベイを旅してるし、僕もここでカヤックをやり、サケを釣って、いつものように魚を食べながらキャンプをし、うまくいけばいくら丼、うに丼なんかにも舌鼓をうち、クジラやシャチと漕ぎ、グレイシャーブルーの氷河を見ながら浮いている氷をグラスに入れて、何億年前の空気が立てる音を聞きながらオンザロックなどしてしまうぞ!と企んだのである。
 
 どうだい?羨ましくなってきたでしょ?

 それではいよいよ本編突入です!

その①  はじまりはいつも雨 (JUNEAU→GUSTAVUS→BARTLETT COVE)


 出発のその日、ジュノーの町は朝から雨だった。町のすぐ後が山であるジュノーの町はとにかく坂が多く、同時に典型的な東南アラスカの町であるため、雨が多い。1年のうち、3日に1日は雨というから恐れいる。

 ジュノーのダウンタウンのはずれにあるユースホステルは9時になるとみんなチェックアウトしなければならず、とりあえず玄関にでる。外はしとしとと雨が降り滅入る。今日はこれからジュノーの隣町、ガスティーバスまで小型飛行機で行くのだ。雨によって視界はとても悪く、これでは山に囲まれたジュノーの周りを飛行機が飛べるか疑問がよぎった。

 運良く、いっしょに泊まっていた日本人のYOSHIさんが、ジュノーの北のはずれにあるアークベイまで行くというので、彼の生活道具の満載した車に無理やり僕のにもつを押し込み、途中にある空港まで連れて行ってもらうことになった。この人はカナダで車を買い、それでカナダ、アラスカと半年かけて旅行しているという。大陸の旅人はやる事もでかいぜ。
 
 途中、ショッピングモールと郵便局によってもらい、釣竿とフィッシングライセンスを買う。ライセンスは一週間$30。釣竿はちょっと良さげな奴を買ったのだが、それが$33。安っ!!グラスロッドとはいえ、安いねぇ。使い捨てだからこれで十分だ。


 空港でYOSHIさんと別れ、意気揚々と今日使う航空会社のカウンターにむかう。予約は前日にしてあるがチケットは買っていなかったので支払いを済ませる。往復で$168。これに荷物が70lbを1lbこえる度に¢50取られる。僕は結局、行きで$200近く取られた。まァ、心配だからと食料をあらかじめジュノーで買っていたからしかたないといっちゃしょうが無い。出発の12時半までベンチで本など読んで過ごす。

 出発の10分前になって急に思い出し、あわててカウンターに行くと、なんだか全然あわてていない。飛行機は出ないのかと、問いただすと、なんでもやっぱりこの雨のせいか、飛行機は約束の時間には出ないようだった。

 しかたなく待つ。

 かなり待つ。

 3時間近く待っただろうか。雨は少し止んだように思えた。しかし、ガスティーバスに着いて、バレットケブまで行くのに30分かかるとし、キャンプ場の宿泊許可を得るビジター・ステーションが5時までだから、なんとしてもギリギリ4時には飛行機が出ないと駄目なのだ。さすがにイライラしてきて、聞いてみると、「メイビーメイビー」としか言わない。

 4時までに飛行機が出ないようなら、また明日来るから荷物を返せと言うと、もう一人、女の人が出てきて、それを聞いてあわてて「SOON!」といった。どうやらこれから飛行機が出るのに、キャンセルされちゃかなわねぇ!ってな感じだったのだろう。

 確かにその通り、10分ほど待つとブッシュパイロット風の兄ちゃんがきて、「50分に出発するから40分まで待っててくれ」という。何とか間にあいそうだ。僕の荷物を持って「あんたの荷物、重すぎだよ!」と言われた(気がした)。外人にそういわれると、「あ、やっぱ重いんだ」と、思わざるを得ない。このくらいの荷物がなければバックカントリーにはいけないと思うんだけどなぁ・・・。

 その兄さんに案内されたのは予測どおり小型のセスナだった。

 「こいつがお前の相棒だ!」

 紹介されたパイロットはメガネのやたら明るい兄さんで、握手する。

 「えっ!?客は俺だけ!?」

 「そうだぜ、俺と、お前とダイゴロウよ!!イッヒヒヒ!!」

 多分そんなジョークでも言ったのだろう。妙に笑いながら僕をセスナに案内した。機内は荷物で満載され、僕は助手席に乗った。

 「おお~!!貸し切りみてーだ!!しかもセスナの助手席なんて初めてだぞー!!」

 セスナも初めてだったが、飛行機の操縦も見れるなんてコリャ面白くなってきたぞ!

 セスナは滑走路を思いっきり走ると一気に離陸し、徐々に高度を上げていった。さっきまでへらへらしていた兄さんも、今は真面目に操縦中だ。そのギャップがちょっとカッコいい。眼下には野性のアラスカの大地が広がっていった。無数の島々と、複雑に入り組んだ入り江の間から光を反射する海面。ヒマラヤスギの森が陸を覆い、ところどころ湿地が見える。

 「これがアラスカか・・・・!!」

 この下にグリズリーが、ムースがいるのか・・。なんだか想像しても、まだ漠然とした物しか得られない。ただ、とにかく広がる森と海が、ここは人の手の入ってない土地であることを物語っているようだ。
 

 30分で飛行機はガスティーバスの空港に着いた。空港といっても滑走路があるだけでターミナルも無い。僕の使った航空会社、LABの事務所など、ドーム状のプレハブ小屋である。空港で荷物を受け取りに来たお姉さんが「どこに行くの?」と聞くのでキャンプグラウンドだというと、グレイシャーベイロッジのトラックの運転手の兄ちゃんに連れてってくれないかと頼んでくれた。おかげでタクシー代が浮いたぜ。

 兄ちゃんのトラックに乗り、キャンプ場の入口、バレットコブにむかう。気のいい兄さんで、僕が英語が下手だとわかっていても、片言の英語で会話をしてくれた。
 「あそこの川でこないだチヌークを6匹釣ってさー。重くて持って帰るのが大変だったよ」

 僕が釣竿を持っていたので釣りの話をしてくれたが、ほとんどわからず、ちょっと悲しかったな。

 この時、「チヌーク」がわからず、なんだったっけかナーと思っていたが、後にキングサーモンの事だとわかる。そりゃキング6匹は重いだろう。でも6匹も持って帰っていいルールだったっけか?

 結構時間がかかり、20分くらいでキャンプ場の入口、ビジター・ステーションに着いた。ちょうど5時前で、レンジャーの人が帰るところだった。とりあえず、明日、バックカントリーに入る手続きをやるからまた来なさいといい、簡単なキャンプ場の説明を受ける。

 レンジャーはおばさんが2人いて、とても優しい人だ。ゆっくりと説明してくれる。それによると、食事や焚火は必ず潮間帯で行う事、食料は専用のフードチャーチに保管する事、テントから食事をする場所は100ヤード離すことなどを注意され、2人は車に乗って帰っていった。やはり熊を寄せ付けない為だろう。

 僕を連れてきた兄さんも荷物を1輪車に積んでくれ、「good luck!」と言って去っていった。なんだか都会の人より、田舎の人のほうがあたたかいのはどこも一緒だなぁ~と思った。
 

 1輪車を押しながらキャンプ場に向かう。

 キャンプ場は森の中にあり、海岸沿いにあるあぜ道を歩いていく。1/4マイル(400m)歩いたところにキャンプ場はあるのだが、この森がただ事ではない、美しさなのだ。

 東南アラスカの森は称して「レイン・フォレスト」と呼ばれる。雨がよく降るためであるが、ヒマラヤスギに覆われた森の地面は、これまた大量でフワフワで、美しい苔に覆われている。屋久島や西表島の森とはまた違う、独特の景観の森だ。この苔に覆われた地面に砂利が敷かれ、そこを歩いて入っていく。キャンプ場はとても整備されていて、設備もしっかりしているのだが人間臭さが無く、ひじょうに気持ちがいい。結構たくさんのキャンプ場を見てきたが、ここのきれいさはナンバーワンである。

 「たまんねぇなー!やっぱ外国のキャンプ場はチゲェや!」

 運がいいのかちょうど天気も回復してきて、太陽光が森の中に差込み、滴に反射してとてもきれいだ。即座に僕はこのキャンプ場が気に入ってしまった。
 
 奥に行ってみたかったが、あまり行ってもしょうがないので、適当にテントサイトを決め、テントを張った。

 目の前の海にさっそく釣竿を持って行ってみる。

 ちょうど干潮の時で、目の前には干潟が広がっていた。足元には大量の海藻とフジツボとムール貝がへばりついている。あんまり釣れる気がしなかったが、とりあえずルアーをキャスト。すぐに遠浅だとわかる。ロックフィッシュでも釣れないかと沖にあるケルプ周辺を探ったが、何も釣れない。何も当たらない。

 もう少し粘ってみたかったが、暗くなる前に夕飯は済ませたかったのでテントサイトに戻る。

 

 キャンプ場にはキャンパー用に焚き木が用意されていて、それを片っ端から置いてある斧でバカバカ割っていく。この一刀両断の快感!マキ割りは人に頼まれると嫌だが、自分の為に割るのは純粋に気持ちがいいだけで面白い。

 そのマキを持って潮間帯にある、ファイアーサークルに持っていき、焚火をしながら料理を作る。

 この日の夕飯はガーリックバターを入れて炊いた御飯にベーコンを大量に入れたコンソメスープ。最初、薪が若干湿っていて火をつけるのにてこずったが、一度燃えてしまえばこっちのものと、大量に燃やし、ストーブではなく焚火で料理を作った。
 
 バーボンのお湯割が美味い。今朝の雨はなんだったのかと思うくらい、空は晴れ渡り、午後9時まで空は薄明かりに包まれていた。その後星が見えてきたが、寒くなってきたのでテントに戻った。

 明日からどうしようか考える。カヤックに乗って早くバックカントリーにも行きたかったが、このキャンプ場周辺もトレッキングコースなどあり面白そうだ。ロッジの兄さんが教えてくれた釣りのポイントも気になる。

 しかしまァ俺はカヤックを漕ぎにきた訳だしなあ・・・。

 漠然とした予定のまま、うとうとと僕は眠りについていった。多少熊の存在にビビリつつも、無事にグレイシャーベイのふもとまで自分が来た事にたいする安堵感のほうが強かった就寝だった。

その②  BEARDSLEE ISLANDS (BARTLETT COVE→BEARDSLEE ISLANDS)

 
 朝、寒さと雨の音で目が覚める。3シーズン用の羽毛スリーピングバックにインナーシーツをつけ、自分自身はシャツ、スエット、セーター、フリースを着込み、ウールの帽子をかぶっているのにこの寒さだ。さすがアラスカ、9月の半ばともなると関東の冬のキャンプよりも寒い。

 寒いので2度寝すると、起きた頃には雨は止んでいた。
 
 8時過ぎに言われた通り、レンジャーのいるビジターステーションに行く。

 昨日とは違う女のレンジャー一人と、昨日と同じ女のレンジャーがいた。すぐに併設されている部屋でビデオを20分間見せられる。このグレイシャーベイ国立公園内、バックカントリーに入る際の注意点、とくにブラウン、ブラックベアーについての注意が促され、それを見終わると、いつからバックカントリーに入るのか、カヤックか、トレッキングかを聞かれる。

 カヤックだと答え、タイドテーブルを見ると今日の大潮は午後の2時になっていた。運がイイのか悪いのか、明日は新月の大潮だ。

 何故潮の動きが重要かというと、このキャンプ場からグレイシャーベイに出るには細い水路を通る必要があり、そこが満潮じゃないと通れないからだ。別に遠回りすればでれるのだが、そこの水路を通ったほうが景観も良いし、苦労も無い。そして、干満の差がとてもでかいグレイシャーベイは潮流が複雑で、この潮の干満を把握していないと、無駄に体力を消費してしまうコース選びをしてしまったり、テントを張っても水没してしまったりするようなのだ。

 昨日の迷いはすぐに飛び、今日の正午に出発する事にした。そして18日に帰ってくる事にした。

 その後、地図の前に案内され、上陸禁止区域の説明を受け、カヤックの実力、レスキューはできるかなどを聞かれた。もちろんカヤック歴は5年、ガイドをやっていた事もあるといったら親指を立ててウインクされた。「good!」


 ところが、地図を見て焦った。最も近い氷河まで行くにしても、僕の日程ではどうも無理そうなのだ。もうひたすらにガムシャラに漕げば何とか見れそうだが、天気もどうなるかわからないし、シーズン中なら観光船が走っていて、金さえ払えばカヤックごとピックアップしてくれるので、無理して氷河を見に行って、帰りは船でスーイスィという事もできるのだが、今はシーズンは終わってしまい、ピックアップサービスはない。自力で帰ってこなくてはならないが、帰国が迫る僕にはあまり無理もできなかった。

 仕方がない・・・。今回は氷河はあきらめ、バックカントリーでのワイルドライフを楽しむ事に専念しよう。オンザロックは心残りだが、氷河は遊覧船からも見れるが、カヤックによるキャンプはカヤックでしかできない。そう自分に言い聞かせ、残念そうな僕を心配するレンジャーのおばさんたちに「また来ればいいですよ・・・」と言って気を紛らわした。果たして次ぎ来れるかどうかは疑問だったけど。
 
 熊がいないところを聞いたが、「わからない」という、なんとも無責任な返事が返ってきた。

 「熊がいる島ならわかるけど、いないかどうかはわっからないなぁ~」

 とっても楽しそうに「イヒヒヒ」と答える。そんな笑ってすむ問題なのか~??普段クマがいるフィールドで普通にキャンプしたりトレッキングしたりしている人たちは熊がいてもしょうがないと思うかもしれないが、初めて自分の生命を脅かす存在である熊という獣の住む森でキャンプする僕には物凄く切実な質問なのだが、彼女たちには笑いものの対象でしかないようだ。

 それでもレンジャーなのか!チクショー!!

 クマ撃退スプレーの有無も聞かれなかった。そのかわりカヤックの色、PDFの色、ジャケット、テントの色を聞かれ、緊急用のミラー、ホイッスルの有無は聞かれた。そしてクマから食料を守る「ベアーコンテナ」を2つ貸してもらい、帰ってきたら必ず、またここにくるようにと言われ、ステーションを後にした。

 最後に、白ガスが少ないんだけど、何とかならないかというと、「ついてきなさい」と言って隣の小屋に案内された。そこには他のキャンパーが置いていったコールマンの1ガロンホワイトガソリンが大量に置いてあった。

 「好きなだけ持っていきなさい。All free!」

 いや~無理して買ってこなくてよかった!持っていかない食料もここにおいていきなさいといわれ、これで心置きなくお茶を沸かせると思った。
 
 テントをたたみ、カヤックを組み立てて出発の準備をしていると、またもや雨が降ってきた。これがかなり本格的に降ってしまい、荷物がかなりぬれてしまった。キャンプ場のドライ・ハウスで雨宿りし、何とか晴れるのを待つ。結局これで出発が遅れてしまい、当初11時を見込んでいた出発は遅れに遅れ、午後の1時になってしまった。

 しかも出発前のパッキングの段階でとんでもない事が発覚!

 ベアーコンテナーがハッチの中に入らない!!

 これには相当焦った。これはその後、スターン側のハッチのポールを抜き、そこから入れれば解決するということに気付いたのだが、出発当時は「こんな事で時間を使ってられルか!」と、焦ってしまい、結局一つをデッキにくくりつけ、もう一つは股に挟んで行く事にした。シーソックスのカヤックはコクピットに荷物が入れにくいから嫌だというのに・・・。
 
 一時ちょうど、キャンプサイトの目の前の浜から出発。バーレットケブの港を通り、細い入り江を通っていく。

 なるほど、確かに細くて浅い。透明度のいい海底は、先ほど潮間帯にあった海藻が生えており、ここがさっきまで陸だった事を表している。かなり流れており、川のようだ。前方には日帰りのツアーか、2艇のシングルがいる。そのカヤックとバックの背景がとても素晴らしい。

 「俺もハタから見ればあんな感じなのか・・・。こりゃすげぇ!」

 まるで絵になるその景色に、俺もいるのかと思うと、たまらなく興奮してきた。

 2艇のシングルはその後バーレットリバーのある入り江の方に向かっていったが、僕は反対の島のほうに向かう。

 この水路を抜けると、しばらくはBEARDSLEE ISLANDSという群島の中を漕いで行くことになる。前後を島や入り江に囲まれている為、水面はベタ凪。たくさんのカモメやカモが群れていて、僕が近づくといっせいに飛び立っていく。その迫力が圧巻。回りは島がありすぎてコンパスがないと迷いそうだ。

 水面に時々「ニュッ」っという感じで黒いこけしみたいなものが顔を出す。ハーバー・シール、アザラシだ。ここはアザラシのサンクチュアリのようで、カヤックを漕いでいると時としてこいつが顔をのぞかせる。そして僕の存在に気付くと、すぐに「トプンッ」といって消えてしまう。カヤックを漕いでいるとパドルが水を掻く音、水鳥の声、そしてそのアザラシが潜る音のみが聴こえてくる。

 「これが本当の自然の中って奴だね・・・」

 そんな夢見たいな静かな場所をしばらく漕いでいたが、島を抜ける度に風と波も次第に出てきた。何を隠そう、ここは海なのだ。
 
 3時間ほど漕ぐと、群島の端までたどり着いた。

 上陸禁止であるFlapjack Island と、その手前にある上陸禁止の小さい島の手前にある、これまた小さい島に上陸。大きな島は沿岸の潮間帯と森の間がアシに覆われていて、テントを張るスペースが見当たらないので、熊が怖いということもあるがこの小島でキャンプする事にした。

 上空を猛禽が飛んでいる。よく見ると尾が白い。アメリカの象徴、ハクトウワシだ!

 「ん~。トンビとあまり変わらん・・・」

 バードウオッチャーに殺されそうな発言だが、正直な僕の感想。大きさは本当、あまりトンビと変わらないと思う。ジュノーの博物館でも思ったのだが、食べているものも同じ魚や腐肉だし、これならオジロワシやイヌワシの方がカッコいいんじゃないかと思った。

 しかしそれでもワシはかっこいい。ちょっと魅入ってしまっていると、奴は隣の島の森の中に消えていった。
 
 岸はフジツボに覆われておりどこから上陸していいものか・・・。あまり舟底を着けずに上陸し、荷物を持って潮上帯まで上がる。海藻が打ちあがっているラインより上に来れば大丈夫だろう。しかしそれを考えると、恐ろしくこの島は小さくなった。

 時間はまだあった。行こうと思えば、この先約8㎞の距離にあるLeland Islandに行く事もできた。しかし、今回はとにかくのんびりやろう、頑張って漕いでもあの島に着くのは6時頃。色々遊びたいし、今日はここでいいヤと決め込み、釣竿をもって島を歩き始めた。

 ルアーを投げるが、やっぱりここも遠浅で、魚の影は感じない。それよりも足元に広がるムール貝の絨毯の見事な事よ。どうせ潮が引いて「こんな所にルアー泳がせていたのか・・・」と、思うのが関の山だと腹をくくった僕はカメラを持ってぷらぷらし出した。

 潮が完全に引いた島の回りは広大な干潟が広がり、隣の島ともつながってしまった。これでは大きな島から熊が来てもおかしくない。レンジャーの人たちが「わからない」と言ったのも頷ける。「しょうがないね」と納得し、干潟を散歩する。写真:足元に広がる広大なムール貝。日本の港などにあるムラサキガイよりもやはり少し大きい。

 何がいるのか試しに掘ってみる。すると、放出される水の量とは比例しない小さい貝が出てきた。ハマグリ大の貝が出てくると思っていたので少しガッカリ。干潟といっても土砂が交じり合った前浜干潟なので、素手で潮干狩りをするにはちょっときつい。しかも水が恐ろしく冷たいのだ。指がかじかんでくる。
 一通り島を周り、散歩が終わると、日もいい感じに傾いてきた。
 焚火がしたいが、あまり流木が無かったのでこの日はストーブで昨日の夕飯の残りのガーリックライスに弟が「日本の味が恋しくなるだろうから」といってくれたワカメスープの素を入れ、お湯で伸ばし、フォーを入れ、ベーコンとガーリックバター、マヨネーズという、見た目もへったクレもないカロリー重視の料理を作り食べる。これが意外に美味い。

 お湯を沸かし、紅茶を作って魔法瓶に入れておく。ついでにバーボンにお湯を注いで飲む。家でなら絶対ホットバーボンなどやらないのだが、これがここではすこぶる美味い。五臓六腑に暖かさと慈愛が満ち充ちていく。
 
 周りに何もないせいか、ゴロタ場のこの場所は風が強く、寒くなってしまったので、まだ少し空は明るいがテントに入り込んだ。

 魔法瓶の紅茶を飲みながらヘッドライトで本を読む。しかし途中からウトウトしだして寝てしまった。夜中、何度も起きては耳を済まして辺りの様子を覗っていた。

 やはり熊が怖い。

 海からアザラシだろうか。へんなあえぎ声が聞こえる。無気味だ・・・。
 翌日、朝7時起床。夜中、満潮だったので、何か流されてしまうかもしれないと思ったが、ちゃんと無事、すべて潮上帯にあったようでよかった。なにしろ大潮だからひょっとしたらテントのところまで潮が上がってくるのではないかと心配だったのだ。

 潮溜まりにて脱糞。そこの水で尻を拭く。紙よりきれい。

 朝飯は食べなかったが、パッキングや、その他もろもろボケぇーっとしていたら出発は9時になってしまった。何が時間かかったって、とにかく朝起きたらド干潮で、カヤックをフジツボの付着していない泥の干潟に持っていき、荷物をエイコラエイコラ運んでいたらえらく時間を喰ってしまった。干満の差がある海岸でのキャンプはこの作業が非常にだるい。どうやらこれはこのアラスカの旅でもいえるようだ。


 長靴を泥にとられつつ出発。

 潮が引いているので島の周辺を漕ぐのは座礁しそうで怖い。ただでさえ潮の減少で流れが生まれているのでスピードに乗って座礁すると、ここのフジツボではいくらフェザーのハルがゾディアックと同じゴム素材でできているとはいえ、「スパッ」と行きそうだ。怖い怖い!無難に西側から大きく回り、Flapjack IslandをこえてLeland Islandを目ざした。

 出発早々、ケルプの森に突っかかった。

 潮が引いているからケルプの森も密集している。潮の流れにそって同じ向きに流れているが、流れに沿っていた僕のカヤックも漕がないでいるとケルプに引っ掛かり動かなくなった。ちょうどいいので行動食を取り出し、朝飯がてら、ラッコのように飯を食べる。飯といってもナッツやドライフルーツ、チョコレートバーだ。

 さすがにまだ出発したばかりなのでそんなに休んでいられない。パドリングを再会する。
 
 それにしてもこの島の間はケルプが多い。そしてケルプが多いだけあって奴も多い。

 そう、シーオッターこと、ラッコである。

 漕いでいると、常に目の前にラッコが2匹1組で現れてはこちらをしばらく観察したあと、潜っていく。アザラシはそのまま「スッ」っと、消えていくが、ラッコはジャックナイフをして「ジャポンッ」と、消えるのですぐにわかる。そして再び現れてこちらを観察するのだ。遠くから見ると可愛いが、近くによるとヌートリア並にでかい。さすが海カワウソ(ウミウソ?)なだけある。
 アラスカとラッコはとても重要な関係にある。それはアラスカという土地に西洋人が住みだしたのが、こいつの毛皮を取る為だったのがきっかけだったからだ。最初はロシア人がこのラッコの毛皮を求め、ベーリング海峡を越えてアラスカにやってきた。だからラッコはアラスカのキーパーソンならぬ、キーアニマルなのである。

 
 そんなラッコを当たり前のように眺めながらカヤックを進めていると、Flapjack Islandに到着。この島の長い岬を右目に見ながら北上を続ける。岩礁の島には大量の海鳥がとまっていた。そしてまたまたケルプの森。もちろんラッコがわんさか。

 このケルプの森を抜けると、追い風が強くなり、潮の流れも強力になって波も出てきた。いよいよ普通の海になってきたという感じだ。今までの海はちょっと静かすぎた。波がデッキを洗うぐらいがシーカヤックは面白い。

 都合がいいことに風は後から吹く追い風だ。このまま風に乗ってLeland Islandに向かえば思ったより早く着きそうだ。ケルプの森でまた休みながら動物を観察していたが、風に押されておのずと島から離れていく。
 
 Flapjackを離れたところに、岩礁のいい根が現れた。干潮なのに少ししか頭を出していないので満潮時はいい釣りのポイントになる事だろう。実際、物凄いりょうのカモメや海鳥がとまっており、頭上を飛び回っている。

 そこを漕ぎ進んでいくと、ラッコではなく、今度はアザラシ、そしてトド(シーライオン)が群で現れた。

 「いよいよ海獣がでてきたな」

 さすがいい場所のようで獲物を求めてアザラシなども多いようだ。カヤックのバウにくくりつけていた釣竿を引っ張り出し、トローリングの用意をしようとした時、後方からいきなりすさまじい音がした。

 「ブォッ!」「ブシューッ!!」

 思わず振り合えると、消えかけた霧状の飛沫と巨大な背鰭が見えた!

 「クージーラだー!」

その③ LELAND ISLAND(1)

 
 クジラだ!俺の約100m先に、クジラがいる・・・! クジラは思ったよりは大きくないが、その存在感は他の海生哺乳類の比ではない。ブローの数から、3頭のクジラが、追いかけるように僕のカヤックに近づいてくる。

 カヤックを漕ぐのを止め、波に揺られながらクジラが近づくのを待った。10秒間隔でクジラは背中を見せ、軽く呼吸をする。

 カメラを持って構えると、クジラは大きく背中を盛り上げ、ジャックナイフで潜水し、その大きな尾鰭を最後に見せて消えてしまった。

 「くじら・・・いるんだな・・・。」
 
 当たり前と言っちゃ、当たり前だが、実は僕、クジラを見るのは初めてであった。

 沖縄からのフェリーの上や、調査船などで、遠くから見た事はあったが、クジラのブローの音を聞きながら、肉眼で見たのは初めてなような気がする。映像を見ているような感じではなく、モロに、野生動物と対面したという、充実感があった。 「俺・・・やっぱアラスカにいるのね・・」 妙にクジラを見たことでその事に納得し、再びパドリングを再開した。

 クジラと出会ってからも、しばらくは他の海獣類が現れては消え、そしてまた現れた。ケルプがないような場所にもラッコが現れたり、アザラシが顔を出したりと、退屈はしなかった。

 目的のLeland Island はFlapjack Island から約8㎞の距離だが、追い風の為に早く着きそうだ。むしろこの風で島の西に流されそうなのでフェリーグライドでやや島より東にカヤックを向ける。

 追い風だと、楽には楽なのだが、波に中途半端に乗ってしまい、波と波の間でスピードが減速して非常に疲れるうえにあまり進んでる気がしない。パドリングとしてあまり楽しくないのだ。本格的に海峡横断になると動物も減り、さざ波もでて億劫だ。
 
 何とか島に着いたのは11時。9時に出発したのだから、たいした時間ではない。

 すぐに上陸するのはつまらないのでそのまま島を一周する事に。Leland Island は南の一部分を除いては「立ち入り禁止」なので海からしか様子はうかがえない。そのまま風に乗り島を舐めるようにカヤックを漕ぐ。

 島の北側は岩礁帯になっていて、遠浅の為かアザラシと海鳥がやたらといる。なんだか写真集で見た、ミッドウエィみたいである。風裏なので風も波もなく、非常に穏やかだ。しまっていた釣竿をだしてキャストするがやはり釣れない。

 ケルプがある場所をくぐり抜け、島の東側に周ろうとした時、北の沖を見ると、なんだか海鳥が騒がしい。

 「ナブラだ!!」

 鳥が集まっている海面を見ると、なにやら妙にざわついている。待ってました!と、言わんばかりに竿を背中にさし、全速力でナブラめがけて漕ぎ進んだが、近づくにつれて鳥の数が減っていく。

 「あれ・・・?散っちゃったか・・・??」

 到着する頃には鳥はいなくなり、ルアーを周辺にキャストしたが、何もあたりはなかった。水面に漂う鳥の羽が悩ましい・・・。
 
 しかたなく引き返すことに。しかし今度は風が逆なのでデッキに波をバシャバシャ受け、両腕に負荷をかけながらのパドリングとなった。正直しんどくはあるが、追い風と違い、進んでる感じがするので気持ちの面では楽しい。

 ところが島の東側に周る頃になって雨が降り出し、向かい風に乗った雨粒が目に入ってきて痛い。アラスカに降る雨はさすがに冷たく、手がかじかんできそうだ。

 「ったくよー、やっとアラスカっぽくなってきたじゃないかよー」

 そう愚痴りながら向かい風の波の中漕いでいると、すぐ左で獣の呼吸音がした。

 トドだ。

 茶色くて、僕のカヤックと同じくらいの大きさのそいつはしばらく僕のあとについてきた。ピッタリとカヤックの横に着いて泳ぎ、顔を正面を向いているが、眼はしっかりと僕を見据えていた。

 そしつとしばらくランデブーしていたが、次第に1匹が2匹になり、2匹が3匹になっていった。さすがにちょっと怖くなったが、襲ってくる事はあるまい。ちょっと彼らのコロニーか縄張りに近づいてしまっただけだろうと思い、そのまま漕ぎぬけた。
 
 最初に島に到着した場所まで戻り、上陸。

 風を受けてゴロタの浜は波がひどく、ちょっとかっこ悪いエキジットだった。12時半。

 テントをたてる場所を探すと、ちょうどアシ原を抜けたところにコケのはえた開けた場所があり、そこにテントを張る事に。ふかふかで非常に気持ちがいい。だが、テントをたててみると、フライのポールがないことに気付いた。どうやら昨日泊まった島に忘れてしまったようだ。しかたないのでその辺に落ちている手ごろな棒切れで代用する。 テントからはなれた場所にタープテントをたてて、食堂を作り、流木がいっぱい落ちているのでまとめて拾い、雨で濡れないようにタープのなかにどんどん積んでいった。それが終わってから軽い食事。Leland Island の隣にある、これまた立ち入り禁止の島、South Marbie Island を眺めながら行動食のナッツ類をほおばる。もうすでにこの行動食に飽きてしまった。しかたなく食べる。 2時過ぎに、カヤックを出して島からみて北東に位地する Spokane cove に向かう。

 距離にして往復6㎞位だろう。ここの入り江には川が流れ込んでいるので、ひょっとしたら河口で産卵前のサーモンが待機しているのではないかと思ったのだ。先ほどの SouthMarbie Island に行って、底物狙いか迷ったが、ここは一つ、一発大物サーモンでしょ!-と、いうことで追い風に乗って一路その入り江へ。

 結果からいえば全然ダメ。風の影響のない、非常に穏やかできれいな入り江だったが、水の中にはまるで生命反応が感じられず、4時過ぎまで粘ったが、虚しくなって引き返すことに。んーさすがに一匹も釣れないというのは悲しい・・・。
 
 帰りは向かい風なので、とにかくよく漕いだ。軽いパドリングハイの状態になり、大声で歌いながら漕ぐ。

 カヤックを漕ぐ時、ベストなのは軽い追い風、水面は波なし、もしくはうねりがある状態がいい。逆に嫌なのは向かい風ではなく、横風で、さらに風によってできる細かい波があるとき。あれはすごいテンション下がる。まだ向かい風で、大きなうねりがあるほうがいい。この時は向かい風で、細かい波がバシャバシャとかぶる状態で、リジットなら、舟が波を切り裂いて進むのでいいのだが、ファルトはたわんで、波の抵抗を受けてしまうので非常に疲れる。だが、真っ直ぐ進むし、スピードに乗れば漕げば漕ぐだけ進んでくれるので楽しい。だから軽いハイになるのだ。
 
 魚は釣れなかったが、またもやクジラを目撃し、アザラシにもあと2mというところまで接近できた。まったく僕に気付かず、眼があった瞬間、

 「ヤバッ!!」

 と、いう顔をして、猛烈な勢いで潜っていったのだ。俺がアリュートのハンターだったら、あいつは今ごろ僕の腹の中だ(笑)

 上陸前に島の周りで釣りをするが、潮が猛烈に速く流れており釣りにならず、しかたなくキャンプ地に戻る。さすがに疲れたし、ケツも痛い。
 
 フラフラしながら着替えを済まし、焚火をおこし夕食を作る。

 グレイシャーベイは流木が少なく、あっても雨で湿っているので必ずクッキングストーブを持っていくように・・・と出発前のビデオで言っていたが、焚火ができないわけでもないようで、この島にはやたらと流木が落ちていて、手ごろな奴をどんどん燃やした。

 やはり焚火はいい。しかも流木の焚火は火持ちは悪いものの、森に落ちている薪や人工的な焚き木よりも風情がある。

 ベーコンと玉ねぎのシュリンプスープにガーリックバターをたっぷり落とし、それをご飯にかけて食べる。うまい。

 バーボンの紅茶割がなんだか妙にうまい。お湯だけ作るのがメンドクサイので、魔法瓶に入れた紅茶を入れたのだが、これが非常に心地よい味だ。思わず飲みすぎて酔っ払い、つまみが欲しくなって海岸にいくらでもあるムール貝を焼いて喰ってみた。プランクトン経由の毒を含んでいる場合があるといっていたが、構わず食べてみると・・・うまい。想像以上にジューシーで生臭くなく美味。しかしさすがに怖いので5個でやめておいた。 デザートのオレンジを食べたら動けないくらい腹がいっぱいになってしまい(米だけで2合食べてしまった)、そのまま寝転んで空を見上げた。 側にある焚火のはぜる音に交じって、海から海獣の雄叫び、クジラの呼吸音が聞こえる。自分以外の生命を感じながら生活する事。

 生命として当たり前のことが非常に真新しく感じてしまう。


 風が出てきた。焚火をけしてテントに戻る。

その④ LELAND ISLAND(2)
(Leland Island →Beardslee Islands)

 
9月16日 Leland Island は熊がいないという情報があったので安心はしていたのだが、夜中聴こえてくる意味不明な獣の声や、クジラのブローにビビリつつ、なんだか寝付けなかった。

 今日は停滞と決めていたので、朝7時半に起きて潮間帯でプロローグに書いたようにウンコをして、再びテントに戻りシュラフに包まった。
 
 風が、それまでは南風だったのに対して北風になっていた。しかも天気はメチャクチャいい。昨日までの天気はなんだったのかというくらい、雲ひとつない晴天で、遠くの山脈までハッキリと見ることができる。

 天気がイイのはいい事だが、風が変わるというのはあまりいい経験がない。何もなければいいんだけど・・・。だけど、帰りも同じ風なら楽でいいな。
 
 10時過ぎまでテントで本を読み、腹が減ったのでタープテントの場所まで行き、スープを作ってその中にフォーを入れて食し、コーヒーを煎れる。まったりとした時間。もともと時間にルーズで、かっちりした予定を組んで動くのが苦手な僕には、たまには移動しない日があったほうがありがたい。これでは遠征などに行っても無駄に燃料や食料を必要としてしまうな~。 その後、カメラを持って森に入った。

 最初はちょっと、何が出てくるかわからないその深い森に恐る恐る入っていったのだが、中にはいってビックリ。

 「す、すごい・・・」

 キャンプ場もきれいだったが、ここはさらにすごい。地面はふかふかのコケに覆われており、足を置くと、くるぶしあたりまで沈み込むが足をあげるとすぐに元に戻る。あんまり中に入ると立ち入り禁止区域に入ってしまうし、良くないのだが、最初の恐怖はなんだったのかと言わんばかりに、奥へ、奥へと誘い込まれてしまう。

 木々の間から差し込む木漏れ日。そしてその光を浴びてキラキラと光るコケやキノコ。

 森というのは、こんなにも美しいのか、こんなにもきれいなのか・・・。夢中になって写真を撮るが、イマイチこの森の美しさが伝わらない。東南アラスカは豊かな森に覆われているとは聞いていたが、こんなの聞いてないよっていう位、素晴らしい。



 ごく狭い区域ではあったが、1時間半ほど、森の中ですごした。写真:すべてこの島の森で撮った写真。しかも海のすぐ側。もう、完全に覆えるところはすべて覆ってしまえという感じでコケが生えている。雨が降っていなかったので乾いており、ねっころがると極上のベットに・・・。あぁ、許されるならこのまま寝たいっす、といった感じ。
 
 洗濯したり、書いていなかった日記などを海岸で寝そべりながらまとめていると、潮が満ちてきて、すぐ側まできていた。

 ここの潮の干満差はとにかく大きい。日本の太平洋岸の場合、大潮の時で大体2m位だが、ここでは5mくらいある。干潮の時に波打ち際からテントがある場所を見上げると、「たっけーナー」と思ってしまうが、満潮の時は本当、テントのすぐ側まできてしまうのだ。この潮の満ち欠けは、正直冗談でなく、カヤックが流れてしまったりして帰れなくなるので注意したい。
 
 日記が書き終わると、再びやはり釣り。ポイントを移動しながらルアーをキャストする。

 本来、こっちではサーモンを釣るといったら、スプーンか、スピナー。それもピンクや赤といったカラーの物が使われる。しかし僕は今回地元ではルアーを調達せず、日本から少々のミノーとサイレントのバイブレーション、そしてソフトルアーしか持ってこなかった。バイブレーションを底まで落とし、そこから探りながらキャストして周っていくが、いっこうに何も釣れない。

 今まで色んなところでルアーを投げたり、海岸を観察したりしたが、こんなに魚を見ないのは珍しい。鳥や海獣はたくさんいて、付着生物もいっぱいついている。水面にはオキアミだろうか、抜け殻がいたるところにぷかぷか浮いている。なのに魚は全然見えないし、釣れない!一体なんなんだ!!完全な情報不足である。

 1時間ほどやって納竿。無念のノーバイト、ノーヒット・・・。
 
 魚が釣れず、半分ヤケ気味だった僕は、この島の最後の夜だということで集めた流木をこれでもかと燃やし、夕食を食べた。メニューは昨日と変わらない。

 天気がいいので星でも見ながら今日は遅くまで起きていようか・・・と思っていたのだが、なんだか風がやたらと強い。無駄にでかい火を作ってしまっただけに、風にあおられて危険だ。

 「コリャダメだ・・・。撤収~」

 でかい薪は海側に放り投げ、あとは足で踏みけした。夜の満潮できれいに洗い流されるので焚火の後始末は楽だ。

 火が消えてしまうと、急に冷えてきた。テントに戻り、「やれやれ」といって、寝てしまった。











 9月17日 翌日、起きると昨日と同じように、申し訳ないほどの晴天。風も昨日と変わらない北風だ。今日からもうこの先には行かず、引き返すので風には本当、救われている。

 テントを撤収し、最干潮時から満潮に移る時だったのでカヤックを干潟の波打ち際2~3メートル手前に置き、バタバタと荷物をパッキングしていくと、ちょうど出発するころにカヤックは進水した。


 今日は暑いのでパドリングジャケットはいらないので、半袖シャツにモンベルのレイントレッカーを羽織ってPFDをつけ、出発。

 風がない。

 波もない。

 ベタベタな海を東に向かって漕ぐ。とりあえず水がなくなりそうなので川の河口に行き、水を汲もうと思ったのだ。島ではない、陸地の方は、高い山に囲まれており、急深になっている。海岸近くにつくと、陸に沿って南下した。
 
 今回は熊が怖いという理由で島でのキャンプを前提にしてしまったが、キャンプサイトとしては陸の方がダイナミックで面白そうだ。しかし背後に迫る山はさすがにちょっと迫力がある。

 漕いでいると、海面に何か浮いていた。

 シロザケの死体だ。

 なじみのある日本にもいる鮭だ。知ってる人も多いかもしれないが、日本にいる鮭は普通、シロサケと、カラフトマスである。シロサケは英名でchum、カラフトマスはPink である。アラスカ、及び北米には他にキング(Chinook)、シルバー(Coho)、レッド(Sockeye)などがいる。今は日本でもほとんど肉としてはアラスカやカナダからレッドサーモン(いわゆるベニザケ)や、シルバーや大西洋にいるアトランティックサーモンの養殖ものを輸入して、それしか食べていないほどで、キングなどはたまに水揚され(マスノスケという奴である)、ひじょうに珍重される。つまりあまりシロサケはサケの仲間の中では美味くない部類で、インディアンなど犬の餌にするのでドッグサーモンとも呼ばれるくらいだ。

 しかし僕はこの人生、いや、鮭生を全うしたこのシロサケに愛着を感じた。そして、こいつを見たことでサケの産卵はもう終わりつつある事を知り、釣れない理由が見つかったようで少し納得してしまった。
 
 熊でもいないかと海岸線をながめなが漕いでいたが、見つける事はできず、そのまま目的の川についた。
 ムール貝のビッシリ付いた、ちょっと危険な海岸に上陸し、引きずらないようにカヤックを引き上げ、ポリタンクを持って川に向かう。

 海に直接流れ込む沢なので海水は交じっていない。メチャクチャ冷たく、メチャクチャきれいだ。川底には頭のないベニザケの死体が流れで引っ掛かっていた。こんな流れの川もサケは登っていくのかと感心する。と、同時にここで熊がサケを捕食したのかと思うと(流れてきたのかもしれないが)、怖くなっていそいそと退散。河口でルアーを投げたが、何もあたる物なし。10投ほどして切り上げる。
 
 そこからは Beartrack cove を横切り、再び Beardslee Islands に向かう。

 Beardslee Islandsは島が集まりすぎなので遠くから見るとただの半島にしか見えない。そのため地図で見ているものと実際の地形があわなく、少し戸惑う。レンジャーからもらったBeardslee Islandsの地図と、公園の全体図のものを見比べなんとか把握し、細い入り江を通って何とか群島の中に入ることができた。やれやれ。こんな事ではカヤッカーとはいえないなぁ・・・。

 ここを出たときは干潮時だったが、今は満潮に近いので島が非常に小さく見える。水を汲み終わったあたりから再び風が強くなってきていたので、群島の中に入るとひじょうに静かになり助かった。ところが、テントのポールを取りに、初日に泊まった島に向かうと、なんだか潮が異常に速い。

 島に向かう手前でなにやら水面が波立っている場所を発見し、あれはひょっとして、ナブラではないかと期待し、近づいていった。すると、これがとんだオオバカ失敗で、ナブラだと思っていた波は、激しい潮流がぶつかり合ってできる三角波だった!

 「アホか、俺は!!ナブラと間違えるなんて・・・」

 おそらく、相当魚が釣りたかったのだろう。三角波のうえで舟をダブつかせながらターンし、島に戻った。

 それにしても、2日前に来た時とは一転して、島の回りは激流になっており、しかも浅いのでたまに舟のすぐ側を岩が通過したりして、怖いのなんのって、まるでリバーカヤックである。何とか島に上陸し、ポールを回収、群島の中を通るのはつまらないので、いったんまた外に出て島の西側を南下し、適当に風がないところを見つけてキャンプする事にした。
 
 風が吹きすさぶ中、潮流もあいまってなかなかのタフコンディション。しかしパワーで何とか漕ぎきれそうなので潮流のことなど関係なく突っ込んでいった。単独行ではこういうことができるから気が楽だ。ガイドだとより安全な方法を取らないといけないのでより正確な状況判断が必要になる。まぁ、本来なら単独行でもそうするべきなんだろうけど・・・。

 群島から出ると右手、つまり西側に大きな島が見えた。Strawberry Island だ。なんだか興味をそそる名前だが、今回は渡るのはよして、先を急ぐ。

 ここからは風に乗って進むだけだ。
 
 最初の入り江でキャンプ地を探すが、どうも干潟っぽくてテントをたてるには不向きの場所だ。すぐに出て、再び南下。

 次の入江はなかなか良く、一度上陸したが、なにやら得他意の知れない足跡があり、不気味なので後にする。
 その次の場所は小さな島の開けた場所で、鹿っぽい動物の足跡と、小型の動物の糞がやたらと落ちていたが、まぁ熊ではないだろうということで、ここに決定、テントをたてることにする。

 たまには獣の気配を感じてキャンプをするのも一興だろう。

 潮が満潮なので、荷物を運ぶ距離が短くてよいね。風上にテントをたて、風下の離れた場所でストーブに火をつけて紅茶を作った。後になって気がついたのだが、僕は無意識に潮間帯でないところで煮炊きをしてしまっていた。何もなかったから良かったが、これは完全にルール無視である。んー、気をつけないと・・・。

 だが、この場所は見晴らしがよくて、ちょっとよかった。
 
 バックカントリーでのキャンプは今日が最後なので、ガソリン使い放題である。焚火ができないぶん、火力を強くし、イッキに料理を作る。今日はいつも通り、たまねぎ、ベーコン、ジャガイモを煮て、その中に弟にもらったカニ汁の素をいれ、ミソ風味に仕立てる。そこにサバ缶とフォーを入れて、ごった煮ヌードルを作り食す。出来上がるまで、お気に入りのバーボンの紅茶割りを飲みながらサバ缶にマヨネーズ、しょう油をかけて食べたのだが、これがうまい!やっぱ、魚ウマいっす・・・。自分は魚食文化の民っス・・・といった感じなのだろうか、ともかくうまくて汁まですすってしまい、主食を食べたら吐きそうになってしまうほど腹一杯になった。
  キャンプになると腹が減るせいか、それとも食べる事くらいしか娯楽がないせいか、はたまたただ単純に作りすぎなのか、とにかく僕は食いすぎてしまう傾向がある。しばらく動けない。 夕ご飯を食べ終わったのに、外はまだかなり明るい。すでに7時だというのに。

 腹が落ち着いたころ、せっかくだからとカヤックにのって海にくりだした。

 夕凪の海面をカフナはすべるように進んでいく。実際、荷物が入っていないので、カルイ事、カルイ事・・・。波もなく、風もなく、気温が下がりつつある、水路の上の空気は凛とした気配が漂い、ちょっと酒が入っているせいか、妙に神聖な雰囲気になっていた。

 夕日は沈んだあとの方がきれいだ。

 雪をかぶる遠くの山脈に赤い残照が照らされる。空は深い藍色に染まる。水面に映るレインフォレスト。

 ラッコがチャポンという音をたてて消えた。

 あまりのきれいな光景にただただ僕は漂泊した。そしてはじまったばかりだと思っていたアラスカの旅が、着実に終わりに近づいている事に気付いた。この静けさと、この美しさ、そして焦燥感。

 ただ、なんとなく満足していた。
 
 サイトに戻り、ちょっと飲みたい気分になってバーボンを強めにしてお湯割をつくった。

 それを一気に飲んでしまい、テントに戻る。なかなか寝付けなくて、獣の気配も気になったが、それよりも自分が寂しがっている事に気付いた。

 それは人が恋しいのか、この旅が終わるのが悲しいのか、今となってもわからない事である。

その⑤ また陽は昇る、その日まで・・・。
(Beardslee Islands→Bartlett cove)

 
 大体いつも、9時か10時頃に寝て、一時過ぎに一回目を覚まし、2回目は4時前、そして寒さで6時に起きて、2度寝して結果起きるのは7時半から8時くらいだ。

 最後のバックカントリーの夜は1時に起きたときに目が冴えてしまい、記憶がなくなったのは3時頃である。それでも起きたのはいつも通り7時半で、コーヒーを飲んで温まり、弟にもらった卵スープをさらに飲んで、のんびりと開高健の「夏の闇」をテントの中で読む。アラスカ用に買った文庫本は全て読み終わってしまい、まぎれて入っていたこの本を読む。

 そんなのんびりとした時間を送っていると、テントにぶち当たるかのごとくの勢いでカモメが突っ込んできて「ブォン!!」ッというすごい音をたてていく。その度にテントから這い出て空を見上げる。

 ここいらの鳥は飛ぶ音がすごい。ワタリガラスも「ぶぉんぶぉん」と、羽ばたく時の音が遠くまで聞こえるので、近づいてくるのがわかるのだ。まるで羽に笛がついているみたいである。
 
 昨日と同じ11時に出発。わざと泥の場所を探し、エントリーするが、おかげでドロだらけだ。一番潮が引いている干潮時に出発したので、テントを立てていた場所がはるか上に見える。何なんだ、ここのこの干満さは・・・!?思わず笑えるくらいすごい。 群島の間にある水路に出て、ここでしばらく流れながらムール貝を餌に釣をする事にした。もうこの際、ルアーにこだわるとか、そんな事はどうでもいい。とにかく魚の顔を拝みたい。魚の顔を見ない事には、撫で回してみないことにはアラスカが理解できない・・・!

 そんな焦りの中、魚はさっぱり釣れず、アタリもなく、カヤックが思いのほか速い流れにつかまってしまったので、そこから出てどこかの入江に入る事にした。 逃げるように目の前に見える入江に入リ、釣り糸をたれると、今度は竿を持ち上げると何かが引っ掛かっており、グイッと引っ張ると餌だけとれて仕掛けはちゃんと手元に戻ってくる。おかしいなぁ~と思いつつ、バカなので3回目くらい繰り返しやっとカニの仕業だと気付く。

 それにしても、だとしたらこの下はカニだらけではなかろうか??どっちにしても、埒が無いのでここでの釣りは止め、魔法瓶に入った紅茶と共に行動食を食べる。

 海坊主のようなアザラシが、いぶかしげにこちらを見ているのが可愛い。 餌のムール貝があと一個というところでこの場所に見切りをつけて出発。いいかげん普通に南下する。

 そうはいってもやっぱり魚は釣りたいので餌をつけた仕掛けを流しながら水路の速い流れに乗っていた。

 すると、何処からともなく「ブシュッ」という音が。

 後を見ると2匹のイルカが近づいてきて、僕のカヤックの周りを泳ぎだしたではありませんか! 急いでリールの糸を巻き上げ、そいつらと一緒にランデブーを楽しむ。いやー、これはしかし、嬉しいし、楽しい!

 2頭は僕を中心に十字を画くように僕のカヤックの下を通って縦横無尽に泳ぎ回り、時々顔を見せては呼吸する。南の島などにいるバンドウイルカやカマイルカの類ではなく、ちょっと顔がひしゃげているゴウドウ系のイルカだが、それでも人類以外の生物と同じ共有な時間を遊ぶ事のなんと面白い事か!伊豆諸島の御蔵島でもそうだが、イルカと遊ぶのは理由がわからないけど、とにかく楽しい。

 スピードを出して漕ぎ、急にターンしたりするとイルカもそれに反応してイレギュラーな動きをする。この、他の動物とのシンクロの意外性が面白いのかもしれない。 しばらく一緒に遊んでいたが、彼らも飽きたのか、気付いたらいなくなってしまった。ちょっと寂しい。

 そうこうしているうちに今度はラッコのコロニーに近づいてきてしまった。ラッコの子供がカモメにいじめられていて、親ラッコが必至に抵抗している姿が愛らしい。しかし僕が近づきすぎてしまい、カモメは去ったが、ラッコ親子もドボンッと、すごい勢いで消えてしまった。あー、一大親子愛ドラマが台無しである・・・。 そんなや野生動物に遊んでもらっていると、最後の餌はいつのまにか干からびてしまい、使い物にならなくなってしまった。

 しかたないので、中通し仕掛けのそのまんま、ハリをジグヘッドにし、グラスミノーをつけて中層を曳くことにした。これはなんとなく釣れそうな気がした。

 ストロベリーアイランドを右目に見ながらひたすら南下して漕ぐ。 今日はもうゴールしなければならないのだが、その前に行ってみたい場所があった。

 それが、地図で見たときに思わず目が行ってしまった Secret Bay である。島の真ん中を切り抜いたような入江で、そのネーミングどおり、入口がとてもわかりずらい。その魅惑のネーミングに心躍らされ、行ってみないわけには行かなくなってしまったのだ。 Secret Bay の入口に向かって漕いでいると、急に風が出てきて、かなりしんどくなってきた。それでも漕げないほどではないのでジリジリと近づいては行ったものの、結構距離があってなかなか近づかない。

 ちょっと休もうと思ってパドリングをやめると、いきなり背中に挿していたロッドが引っ張られた!
 
 「ついに来たか!」

 そう思って意気揚々とリールを巻くと、魚の感触はない。ただ、とにかく重い。

 「ハ、ハリバットか!?」

 オヒョウのあたりはデカイが引きはないと聞いていたので、色々妄想を巡らしてリールを巻いていると、なにか褐色の物が見えてきた!

 「おぉ!!っお!っお?っおぉ・・・・・ん?」

 がっくりだ。ただの昆布だった。

 「俺はニコニコプンのじゃじゃ丸か!!」

 漫画じゃないが、マジでこの結果には落胆し、潔く納竿。実際、アラスカ旅行で釣れたのはこの昆布だけである・・・笑えん。
 
 その後、目的地がなかなか近づかない事や、帰りの時間などを考えると、

 「果たして、そこまでして行くSecret Bayというのは本当に行く価値があるところなのか・・?」

 そういうことが頭にちらつき、殺風景な海上に嫌気が挿し、魚も諦めていたので、どんどんチャレンジ精神がなくなっていった。そして

 「あーっ!!もうダメだ!!帰る!帰るぞー!!」

 撤収。バウをキャンプ場のある Bartlett cove に向けた。

 入江の中に入るとそれまで風がかなりあったのにもかかわらず、ずいぶんと静かになり、強い日差しだけが照りつけた。暑いので着ていたパドリングジャケットを脱いで漕ぎ出す。
 
 来た時は前に行けばいくほどドキドキした水路は、帰りは漕げば漕ぐほど、現実に近づいていった。静かな水路には水鳥の声と自分のたてるパドルが水を掻く音しかしない。


 カナダのバンクーバーに着いてから、ここまで来るまでの旅の様相が、思い出されては消えていった。はやくも感傷気味だ。まだ旅は完全に終わったわけではないのだが、最大の目的であるグレイシャーベイのカヤッキングが終わろうとしている今、とても寂しい気持ちにとり込まれた。どうやら、昨日の夜に感じた寂しさは、まさにこの旅の終わりに対しての物だと、この時気付いた。 水路は次第に横幅を狭めていき、コーナーを曲がると Bartlett cove の桟橋が見えてきた。

 カヤックを漕ぐ事に関して言えば、まだまだ漕いでいたい気分なのだが、長期の久しぶりのパドリングのためにケツが痛くて、しょうがなかった。ジョン・ダウドも著書の中に書いているが、カヤッカーはまず、この長時間座っていることに耐えなければならない。僕はまだまだカヤッカーにはなれてないみたいです・・・。 レンジャーステーションの前に上陸。16時10分。時間的には結構な余裕を残してのゴールだった。

 記念写真を撮って、レンジャーステーションに向かう。建物の中には、出発前と同じようにレンジャーのジミーさんが座っていた。

 「どうだった?グレイシャーまで行けた?」

 「んー、無理だった。でもバックカントリーでのキャンプが出来たから、楽しかったよ。」

 「熊には会えましたか?」

 「運がいいことに会ってないよ(笑)」

 ジミーさんは氷河までいけなかったことで残念そうに僕を見ていたが、僕が楽しんだと見ると嬉しそうに笑った。このグレイシャーベイのカヤッキングが楽しくできたのも、レンジャーのジミーさんが親切にこの英語も喋れない日本人に対応してくれたおかげでもある。国立公園の顔でもあるレンジャーのレベルの高さと言うか、訪れる人に対して訳隔たりない所は日本の観光名所、国立公園も見習わないといけないと思う。 挨拶、帰還報告が終わるとカヤックを解体し、荷物を2輪車に積み込み、ベアーコンテナを返し、再びキャンプ場に戻った。

 カフナを解体するとき、僕は初めて「さびしい」という気持ちにとらわれた。今までカヤックを解体してこんな気持ちになった事はない。船の時間に追われていたとか、そういうこともあるのだろうが、西表でも、ケラマでも、さびしいというより面倒臭いという事しか考えられなかった。それが、どういうわけか、大好きな人と別れる手続きを自分が今やっているのだ・・・という気持ちに近いものを感じる。

 えらく疲れてはいた物の、僕はまだこの旅を続けたがっているのだと思った。 焚火用のマキをバカバカ割り、今日は盛大に焚火をやる事にした。

 キャンプ場には男女2人組がいたが、キャンプをするわけではなさそうなので、今日も俺だけだ。

 残った食材を全てぶち込み、トマトペーストを入れてミネストローネスープを作る。これが激ウマ!日本の水っぽいトマトではないこっちのトマトペーストは味が濃くて美味い。ガーリックバターをたっぷりとかしてご飯にかけるとハヤシライスのようになり、これが最高!

 後輩に餞別にもらった芋焼酎「海童」を、この時になって初めて開けて飲む。バーボンに馴染んでいた身体に日本の酒が染み渡る。

 「うまい・・!」

 とっとと飯を食べ終わり、かまどを崩して大きな火を作る。   最後の夜は火を前に、とにかく酒を飲みきった。割る物がないのでワイルドターキーをそのまま飲む。熱い液体がのどから胃に伝わるのがわかる。この時のカーッという感覚がたまらない。

 海獣類の雄叫びとは違う、山からの無気味な唸り声が気にはなったが、しばらく焚火に当たっていた。夜はふけていたが、最後の晩くらいオーロラとか見えないかなーと、期待していたのだが、そんなに上手くことが進むわけはない。

 ターキーをすべて飲みきった所でちょうどよく焚火のマキも燃え尽きたので、ふらつきながらテントに戻り眠る事にした。

 無理してきつい酒を飲みきったので、夜中に喉は乾くは、身体は熱っぽいはで、なかなか寝付けなかった。
 
 翌日、僕は朝食を済ませるとパッキングし、飛行機の時間までしばらくあるので、キャンプ場内にあるトレイルを歩く事にした。

 きれいなレインフォレストを歩くこのトレイルは、ただのオマケのような短い道なのに、とてもすばらしい。最終地点は海に出るのだが、この日もやはり晴れ渡り、遠くの山脈もはっきりと見る事が出来た。

 グレイシャーベイの旅は終わった。最大の目的であるグレイシャーを見る事も出来ず、ライフワークである魚釣りも上手く行かず、どうも旅の目的を果たせたかと言えば、かなり疑問の残る物ではあるが、僕が実体験としてアラスカというものを感じるのには十分な体験をする事が出来たし、はじめて来たアラスカで、すべての目的を果たしてしまうというのも虫が良すぎるというものだ。

 初めて西表島に行ったとき、初めて沖縄に行った時、次はもっとああしたい、こうしたい・・・という考えがあったから僕は西表島、沖縄にハマり、より多くの見聞を得る事ができた。アラスカもきっとそうだ。もう来る事はないだろう・・・なんて事は考えず、また次に来る時の楽しみを考えれば、これで十分だ。未練は多少はあった方がいい。次へのステップのために。
 
 帰り道、木の実のやたら含まれた妙に新しいウンコが、僕のテントのすぐ側にあった。念のために写真を撮って、帰り際にジミーさんに見せると

 「あんた、これは熊のウンコだよ!ラッキーだねー AHAHAHAHA!」

 背筋が凍ったのは言うまでもない・・・。あの森からの唸り声はやはり熊だったのか・・・・。最後の最後にして野性を感じてしまった。 ジミーさんに別れの挨拶をし、タクシーを呼んでもらって僕はグレイシャーベイ国立公園を後にした。

 次は必ず、グレイシャーベイ末端の氷河、MUIR GLACIER を目指して・・・!

写真:レンジャーのジミーさん  

















蛇足
その⑦ そんなに甘くはない!初めての海外旅行!

 タクシーでガスティーバスの飛行場に行くと、何故か時間ギリギリに着たとはいえ、LABの飛行機がなかった。
 「おっかしいな~」と思いながら隣の航空会社のおばさんとお姉さんに、LABは今日飛行機が出たかを聞いて見る。すると、今日は飛行機は出ていないというのだ。
 とにかく待ってみればと言うので、飛行場をフラフラし、LABの待合所で本など読んでいると、先ほどの会社の姉さんが歩いてやってきた。
 「電話してみた方が早いと思うから、番号教えてあげる。電話してみな」
 そういうので、苦手なのに電話を入れて今日の飛行機の状況を聞いてみることにした。
 「ハロー。今日予約している日本人の赤塚というものだけど・・・。」
 「今日はガスティーバス、ジュノー間の飛行機は出ません」
 「はっ?」
 俺は出発前に往復券で航空券を買い、予約までしたのだ。出ないとは、なんというふざけた事を言うのだ!さすがに頭に来て、英語が喋れないのにもかかわらず、無理やり簡単な単語だけ並べて怒りをあらわにし、予約している事だけはしっかりと主張した。
 すると相手も折れたのか、「オーケーオーケー、ジュノー行きの飛行機は出ます」と言ってきた。明日なら出ると言っていたので、「本当に今日だろうな」と。問いただすと「today!」と返事が来た。一時間後くらいにまたここに電話してくれと言われ、一次切る。

 お姉さんに電話を返し、スイマセンが、また1時間ほどあとに電話かしてくれませんかと言うと、すんなりと貸してくれることに。
 絶対次ぎ来るときはLABは使わずに、こっちの会社を使おうと決めた。

 一時間後に再び電話を入れると、3時半頃、飛行機がくると言う。一安心。
 しばらく待っているとLABのスタッフらしきおばさんがやってきた。このおばさんに事情を聞くと、俺が予約した時はまだシーズンだったので日曜日(この日は日曜だった)も飛行機が出たが、今はオフシーズンなので日曜日は出ないと言うのだ。
 「だったら、予約した時にシッカリ言わんカーッボケェ!!」
 と、言いたいところだったが、英語がシッカリ喋れないので、よくわからず、予約を受けたお姉さんもあまり理解していなかったようだ。まァ、とにかく今日中にはジュノーに帰れそうなので安心した。会社の方も、俺の帰国が明日だとシャレにならんと言う事で、手をまわしてきたのだろう。ヤレヤレである。 3時半にセスナが来て僕を回収していく事に。セーム・シュルトをちょっと小さくして太らせたような運転手の兄さんは、明らかに嫌な顔をして、僕の大きい荷物にため息をついた。どうやらチャーターの飛行機で、どこかの辺境の地からジュノーに向かう途中だったようだ。3人ほど先にお客が乗っていた。無理やり荷物をのせ、何とか出発。
 航空写真を撮りたかったが、運転手の機嫌が悪そうだったのであきらめた。チクショーなんで俺も被害者なのに、こんなに気を使わなきゃならんのだ。皆さんも、個人で国内線を取るときは注意してください。って、英語が喋れれば、苦労はねえか??
 

 
チャンチャン♪